ミヘン・セッション




昇降機に乗って到着した作戦司令部から見える空は、まるで私たちの不安な心を映し出すようにどんよりと厚い雲で覆われていた。それでも地上には、たくさんの討伐隊員と、くさんのアルベド族の機械や大砲で溢れ、活気に満ちていた。暫く腕を組んで眺めていたようだったワッカが、黙って大砲へと近づいて行った。

「クソったれ!」

ガンっ

「いっ……!?」

ワッカは痛そうにその場にうずくまってしまった。

「……ほんっとに嫌いなんだな」

大砲を蹴って痛がるワッカを眺め、隣でティーダがつぶやいた。

「チャップはね……」

ルールーの声に、耳を傾ける。

「ワッカが贈った剣を、島に置いて行ったの。そして、アルベド族が作った機械の武器を、手に入れた……」
「………」

ワッカの気持ちを想像して、気分が暗くなる。大切な、弟だから。

「そんなことは関係ないだろ!」

怒鳴ったワッカに、少しビビる。

「教えに反する機械が……嫌いなだけだ」

最後はふてくされたような声になったワッカ。呆れるルールーに並んで、ティーダと共にふ、っと小さく口に弧を描く。

「ちぇっ……失敗確実だっつーのによ」
「やめようよ、もう」

ついに、ユウナがそう言った。私も、ワッカの気持ちも分からなくはないけど少し言いたいことがあったから。

「無謀な作戦かもしれない。教えに背いてるかもしれない。だけど、討伐隊もアルベドの人たちも……すごく、真剣だよ。皆 “シン” を倒したいって心から願ってる。その気持ちは、私たちと全然変わらない……そう思わない?」
「へっ。わーったよ」

言い方はアレだけど、ワッカは信心深いだけなんだよね。

「でもな、俺は機械を認めない。教えに反することは認めない!」
「………」
「………」

ワッカの言葉に、顔を見合わせたのはティーダ。私とティーダだけが、この世界の住人じゃない。エボンとか、教えとか、ワッカにそこまで同調できなくて……。でも今はスピラに居るし、何より私はこの人たちに救われた訳だし、郷に入れば郷に従えって言葉もあるし、ここでの常識とかには沿う気持ちはあるけれど……。どうしても、相容れないというか、分かってあげられないことが多いように思う。でも、こうしてティーダみたいに似た境遇の人が居ると、助かってるのは事実。

「召喚士様。こちらでしたか」

ルチルさんだ。

「司令部はあちらです。キノック老師もいらっしゃいました」
「キノック様もですか?」
「はい。ユウナ様もお急ぎください」

ルチルさんにならって司令部へと移動すると、ガッタが居た。

「まもなく戦いが始まります。いろんな準備を忘れないでください」
「オイオイ。なんかなげやりだな」

やる気なさすぎなガッタに、同じことを思ったらしくワッカが言った。

「あったりまえだろ!俺は “シン” と戦いたくてここまで来たんだ!それだってのに……あ〜クソ!」

気持ちは分かるけれど……。でも今は待つ時なんじゃないかな。元気出してほしい。次の作戦ではきっと……次の作戦?私は自分で考えていたことに愕然とした。隣のアーロンが口を開く。

「認められたいのなら。まず、与えられた任務を黙ってこなしてみろ」

おー!そうだよ!うんうん☆だけど、ガッタは納得してはいないようで……。悔しそうに俯いてから、崖のほうへと歩いて行ってしまった。すると、司令部の中へとアーロンは入って行った。
アーロンの後ろに着いて司令部へと入ると、この人がキノック老師だろうか?男性が1人、アーロンに親しそうに話しかけてきた。

「アーロンじゃないか」

男性の声に、斜め前のアーロンを見上げる。男性はアーロンに近づいて来て抱擁した。一方的だった。

「久しいな、アーロン!10年ぶりか?」

私は何となくアーロンの側を離れ、かわりにそばに居たルー姉の隣に寄った。

「エボンの四老師のひとりよ。ウェン=キノック老師」

ルー姉が私の気持ちを察して教えてくれた。やっぱりこの人がキノック老師……。

「エボンの僧兵の指揮と、討伐隊の監督が、担当ね」
「へえ……」

なんか胡散臭くて第一印象は良くない。でも、アーロンと親しそう…?

「作戦準備、全て完了との報告がありました!」

ガッタだ。アーロンに言われた通り、言われたことを真面目にこなしてるようだ。

「わかった。下がれ」
「はっ!」

ガッタさん、がぜんやる気じゃん?良かった良かった。そんな私の気持ちなんてよそに、キノック老師とやらが、アーロンに話かける。……なぜだか、アーロンの様子がおかしく感じる。気のせいだろうか。

「なあアーロン。この10年、なにをしていた」
「……。作戦が始まる。そんな話はいいだろう」

ほら……やっぱり何かおかしいよね?

「どうせ失敗する作戦だ。少しでも長く夢を見させてやるさ」
「ひでえ!」

ティーダが噛み付く勢い。でも分かるよ、ティーダ。私も耳を疑った。

「……キノック老師」

うわシーモアだ。

「ああ、始めてくれ」

キノック老師はそう言うと、シーモア老師と行ってしまった。

「あいつが老師とはな……」
「聞こえたぞアーロン」

耳良いね!

「この10年。いろいろあった。おまえは何処で、何をしていた?」

またその質問?さっきシーモアも聞いてきた。老師はみんなこの10年を聞きたがる人種なの?

「友との約束を果たしていた。……まだ終わっていない」

…カッコイイな。そのままキノック老師から離れようとするアーロンの後を追う。

「一つ教えてくれ。おまえはザナルカンドを見たのか?」

キノック老師の声に、アーロンの歩みが止まった。

「………?」
「……フン」
「、待ってアーロン!」

やっぱり様子がおかしい……。私は心配で、アーロンの広い背中を追いかけることしかできなかった。

「……」

適当な場所で立ったまま待機するアーロンの隣で、私はさっきのキノック老師の言葉が気になっていた。作戦開始のその時を待つ間、皆で司令部の外で待機している私の頭は、ずっと悶々としていた。
まだ、知らないことが多すぎて。というか、アーロンと過ごす時間が長くなるほど、アーロンのことが分からなくなって行ってる気がする……。

「…………」
「どうした?」
「あ……」

隣の頭一つ分以上高いところから、声をかけられる。見上げると、アーロンが心配げに見下ろしていた。……まあ、聞けないよね。

「少し……恐くて」

まるで、作戦が恐いかのように。まあ嘘じゃない。ミヘン街道からキノコ岩街道まで魔物とのバトル経験はあるけど全然別スケールであろう “シン” を相手にする大規模な、この作戦のことが勿論こわい。でもそれ以上に、アーロンがどんどん謎の存在になっていくことが、私には恐い。

「……!」

意外なことに、肩を抱き寄せられた。私の顔は、アーロンの胸板に押し付けられる。私を安心させる優しい腕の中、私の心臓はドキドキしてる。

「安心しろ。オレが常にお前の側に居て守ってやる」
「アーロン……うん」

私はアーロンの胸板の服を指先でキュっと掴む。アーロンは、別に私を置いて行こうとなんてしてない。そばに居てくれようとしてる……。大丈夫。
そして、遂に作戦が決行される時が来た。討伐隊によって “シン” のコケラに悲鳴を上げさせたその時、

「きゃああっ!」

激しい地面の揺れ。司令部に居る私たちの目の前に、大型の魔物が舞い降りた。

「え、やっぱバトルするんだ!」
「まずはオレが行く。茉凛は下がっていろ」
「フォローする!」

全員で叩き、ギイを退けたと思ったときだった。

「あれ何……?!」

ギイの向こうに広がる海中に、大きな黒い影が見えた。

「 “シン” だ」
「あれが『シン』!?」

物凄く大きくて。想像以上で。初めて見る “シン” に、体がすくむ。

「来るぞ!来い、茉凛!」
「きゃ…!」

凄まじく強い光。守られるようにアーロンに抱きしめられたまま、光に包まれた。

「…」

ゆっくりと目を空ける。

「茉凛、怪我は無いか……?」

アーロンの腕の中、アーロンの心音が聞こえるくらい、しっかり抱きしめられている。

「うん、ありがとう」

ふと視界に入ったものに、意識を持ってかれる。シーモアが、さきほど私たちが倒した筈のギイと、1人で戦っていた。

「オレたちが行くしかないか……立てるか?」

私が見たものを、アーロンも見たらしい。アーロンに支えられて立ち上がり、先ほどのギイから浴びたグラビデのダメージから、ポーションをアーロンに渡して二人で摂取すると、シーモアの横へと並んだ。

「下がっていなさい、茉凛殿」
「、」

こちらを見もしないで言ったよこの人。

「片付けるぞ」

左からアーロン、私、シーモアはギイと対峙した。まずは、すばやい私からのターン。両手に構えたクナイを投げ、ギイのあたまを集中攻撃。私の攻撃力はティーダ位だから、あたまを叩くのは2〜3回程の予定。

「………」

一緒に戦っていてわかった。シーモアは、できる。貫通効果のある武器を持つアーロンが2回で消すギイのうでを、シーモアはファイラ1回で片腕を消し去ってしまった。(ま、うちのルー姉もファイラ1回で片腕消すけどネ)
それより目を見張るのは、凄まじい回避能力。物理攻撃の回避、100%なんだけどシーモア。更に、ギイのパンチと違って避けられないグラビデと魔法攻撃でくらうダメージが、私たちの約半分……。これじゃ、私たちが参戦しなくても、1人で倒せたんじゃないのかな。少し悔しく思いながらも、あたま、うで、本体……無事オーバーキルで倒した。
ふと当たりを見ると、ティーダ、ユウナ、ワッカ、ルールー、キマリん……皆の姿がをここから見えるところには確認できない。

「アーロン、皆が居ない!」
「こっちだ、茉凛」

アーロンと崖の側まで駆け寄る。反対側の海の沿岸でアルベドの人たちの機械の兵器が、 “シン” に光線攻撃を浴びせていた。けれどシールドみたいなガードが “シン” の周りを覆っているようで、効いていない。

「あぁっ……」

“シン” の放った攻撃がアルベドの人たちの兵器に当たり、中に人が居るはずなのに爆破してしまった。“シン” は、倒せなかったのだ。

「……………………………」

すっかり変わってしまった地形。沿岸に居た討伐隊のたくさんの人たちは、みんな殉職してしまった。異界送りをするユウナの周囲に、たくさんの光の虫が舞う。

「この世界は、死んだら人も、幻光虫が舞うんだね……」

初めて見た異界送りに、泣いてしまった私の頭を撫でてくれながら、アーロンが幻光虫って言うんだと教えてくれた。帰りたい。私の世界に。元居た場所に。そう思わずにはいられない。初めてそう強く願った。
暫くして私が落ち着いた頃、ジョゼ街道へ続く海岸から、坂道をそそくさと行くキノック老師を見つけた。

「素早い退散だな」

アーロンが皮肉たっぷりに声をかけた。

「教えに反した兵士たちは死に、従順な僧兵だけが残った」
「ふむ……」

アーロンが吐き捨てるように言った。ただならぬ雰囲気。

「むかしと同じという訳にはいかんな」

二人はそれぞれの道へと決別するように、背中を向け合い離れて行った。今のアーロンは1人にしてあげたほうが良さそうと判断して、1人になった私に、近づいてくる人物。

「顔色がすぐれませんね」

シーモアだった。

「………」
「ようやく1人になられたようなので、御挨拶に参りました」

……どうして私に?でもそんなこと言ったら相手の思う壺だと思った。シーモアは、どういう訳か私と関わりたいようだ。だから聞かない。聞く代わりに放っておいてほしいと、シーモアを一切見ずに彼と反対側の海を見つめ続ける。海面に映る、どんよりとした空が、この海岸に居るすべての人たちの心を写しているよう。

「茉凛さん」

名前を呼ばれて反射的にシーモアを振り返ってしまった。

「!」

いつの間にか至近距離に立っていたシーモア。

「あなたはお美しい方だ。もし―――もしですよ……」
「………」

頬にそっと触れられ、顔を撫でられる。

「茉凛」

その時、グッドタイミングで赤い人が現れた。

「、アーロン」

すぐに視界に確認できたアーロンの姿に、ホッとする。

「それでは、またいずれ」
「…………………………」

丁寧にお辞儀をして去って行くシーモアの背中を、アーロンは牽制するような目で見つめていた。