ホグワーツからの手紙


私は今年、11歳になる。子どもなら誰もが一度は夢見る、イギリスにあるホグワーツ魔法魔術学校。私がもし魔女なら、そろそろホグワーツから入学許可証が来たりして……なんて。
小学校も5年目。さっさと終わらせた宿題は、ランドセルの中。小学校5年の夏休みが、終わりかけのある昼下がり。幼稚園の頃から続けている塾の時間まで、クーラーのきいた自宅のリビングで、テレビを見て時間を潰す。
コツッコツコツッ。ガラスをつつくような音に、ベランダを振り向くと。締め切った窓の外で、翼を羽ばたかせて宙に浮きながら嘴で窓をつつく、白い梟と目が合った。大きい。よく見ると、嘴には、手紙の封筒のようなものを咥えている。

「え……」

まさか。本当にホグワーツから手紙が来ちゃった?梟がだんだんゴツゴツとガラス窓を突きだしたので、慌てて立ち上がる。窓を割られでもしたら大変。思いのほか大きい梟に、おそるおそる窓に手をかける。すると梟は、窓の外でバサッと一度翼を羽ばたかせると、嘴に咥えているものを地面に置いた。そして梟は、こちらを一瞥すると翼を羽ばたかせて飛んで行ってしまった。

「頭の良い梟ね……」

窓を開け、梟が置いて行った手紙の封筒を拾い上げる。アンティーク調。それに、規格外に大き目。

「かれん?窓閉めなさい。冷気が逃げちゃうから」
「うん、お母さん」

窓を閉め、テレビの前のテーブルの元居た場所に腰かけると、手紙の宛名を確認する。そこには、ローマ字ではっきりと≪かれん 川瀬≫と書かれていた。

「……私宛てだわ」

差出人を見るため、裏面を見ると。

「ホグワーツ……!?」
「どうかしたの?大声出して」

ベランダから死角になっているキッチンから、母が出てきた。

「お母さん、これ見て。今ね、信じられないけど、ベランダに梟が来て、この手紙を置いて行ったの」

母に手紙を見せる。

「あなた宛ね。差出人は……ホグ、ワーツ、って。あの?」

私は封蝋を開け、中の手紙を取り出す。

「きゃ」

ポンっ、と小さな音がして、手に持つ手紙から少量の煙が出た。手紙を見ると、表面をキラキラしたサラサラな感触の無い水が滑るように流れたところから、次々に英語の文面が日本語の文面に変わって行った。驚きで母と顔を見合わせる。

「読んでみて」
「うん……“このたび貴方は、ホグワーツ魔法魔術学校に、入学することを許可されました”……!」

再び母と顔を見合わせた。

「いたずらかしら……よくできてるけど」
「続き読むね」

手紙には、イギリスにあるホグワーツという魔法魔術学校への入学案内と、私が魔女であることを示した内容だった。

「私が、魔女……!ホグワーツに入学資格があるんだって!」
「我が家に魔女を授かったわ!素敵!」

二人は胸が躍る思いだった。

「お母さん、私、行きたい……!」
「あら。そろそろ塾の時間じゃない。送るわ」
「切り替え早いな……」


***


塾に行ってる間、集中なんてできなかった。

「かれん、どうしたの?授業中上の空だったね?」
「悩み?という訳でも無さそうだし。なんか期待に胸膨らましてるような顔してたよ?」

学校も塾も一緒の友人たちから心配された。帰るため、荷物をまとめながら私は笑って誤魔化すのだった。顔にまで出てたことを反省する。

「川瀬さん」
「せんせ……」

助かったと思った。友人たちにどう説明しようか困っていたから。まさか、ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届いたなんて、言えるはずもなかったから。

「今日は集中できていませんでしたね。たまには気がかりなことも起こるかもしれませんが、今日のところでわからないことがあれば、聞いてくださいね」
「はい、すみませんでした……」

そうだ。イギリスの魔法学校へ入学したら、皆と会えなくなる。

「先生」
「川瀬さんのお母さん。お待ちしておりました」
「お母さん?」

普段、お母さんがお迎えに来てくれる時は車で待っているから、驚いた。

「かれん、お母さん先生とお話しがあるから、ちょっとだけ車の中で待ってて?」
「はーい」
「行こう?かれん」

友達と塾から出ながら、先生と話している母を肩越しに見る。母は恐らく、あの手紙のことを恐らく直ぐに父に話しただろう。そして今、母は私をホグワーツに入学させるために、そのことは話さず塾を辞めると話しに来た……のだろうか?
果たして両親は、ホグワーツのことを信じたのだろうか。お母さんは、最初手紙を見たとき、イタズラとか言ってたけれど。

「かれん、待たせたわね。帰るわよ」

一緒に塾を出た友達は既にお迎えが来て帰り、車で小一時間も待てば母が戻ってきた。

「塾を辞めるって、言いに?」

動き出した車内。助手席から運転している母の横顔を見つめる。

「そうよ。お父さんと話して、学校にも塾にも、イギリス在住の親戚のパブリックスクールに転校という話で連絡することになったわ」
「す、すごい話だね……」
「そうね。それより、よくわかったわね!』
「え、私アホだと思われてる?」

そう言うと、母が笑った。うちの家族は基本、冗談を言い合う。娘ながら、母は天然だと感じていた。でも私はあまり面白いことが言えない。父いわく、私もボケてるそうだけど。そのため家族の誰かがおかしな行動や言動を見つけると、たいてい父がすかさずツッコミをするため、傍観者であるその他の家族が笑う、そんなことが多い。

「にしても。そっかぁ。新学期を待たずして、私はイギリス行きなんだね」
「そうね、ホグワーツは日本と違って新学期が9月だものね。やっぱり、友達とも離れてしまうし、寂しいわよね……」
「うん……。それにお母さんやお父さんとも会えなくなるもの」

少し感傷に浸る私。すると、ちょうど信号で止まった母が私の髪を撫でてくれた。

「きっと楽しいわよ!かれんはイギリスの文化が好きだものね!……紅茶しか飲まないんだから」
「不満だったんかい」

暫くして、自宅に着いた。

「お父さん!ただいまー!」

塾からそれほど遠くない自宅マンションのエレベーターを降りて玄関で靴を脱ぐと、一目散にホグワーツへ行くことを許可してくれた父が居るであろうリビングへ向かった。

「おかえり!かれん」

リビングから迎え出てくれた父に思いきり飛びつくと、ぎゅーっと抱きしめてくれた。私は優しい父が大好きだ。

「お父さん!私がホグワーツに行くこと許可してくれてありがとう!お父さんなら許してくれると信じてた!」
「もちろんだ。お前の幸せが父さんの望みだからね」
「あらあら……フフフ。さ、かれん、手を洗っていらっしゃい。夕食にしましょう」
「はーい!」

お父さんと手を洗い、一緒に席に着いた。家族団欒、両親と食卓を囲んでご飯を食べる時間が好き。

「いただきます」

夕ごはんを食べ終わり、家族全員でいつものようにリビングでくつろぐ。するととの時、インターフォンが鳴った。時計を見ると19時半を回っていた。お隣さんだろうか。もし宅配なら下のロビーの音が鳴るはず。ロビーからと玄関からとで、メロディは違うのだ。

「はい」

母がインターフォン越しに出た。インターフォンを鳴らしたであろう人物が、玄関前にいるモニターに映し出された。白い、見事な髭をたずさえ、半月眼鏡をかけた、風変りな服装で身を包んだ西洋風な老人だった。

「お忍びで申し訳ない。本日梟で入学許可証を送らせてもろうた、」

老人はゆったりと話始め、そして更に声を落とした。

「ホグワーツ魔法魔術学校校長のアルバス・ダンブルドアじゃ」

校長先生直々…!!?川瀬家一同は面食らうのだった。