ダンブルドア校長


「どうぞ」

なんとか我に返った母がロビーを開けるボタンを押したのだった。玄関のインターフォンが鳴ると、父が玄関へ赴き、ドアを開けた。母が部屋へ招き入れ、校長先生にリビングの来客用ソファに座ってもらった。粗茶ですが、とお出しした母は私の隣に座った。
父が対面で座る校長先生は、インターフォンのモニターで見たよりずっと白く、ずっと長身で、ずっと威厳のある、きっと凄い魔法使いであろう紳士なおじいさんだった。

「連絡も無しに突然来て申し訳ない。Ms.かれん 川瀬はご在宅ですかの」
「私がかれんです」

名乗り出ると、半月メガネ越しにキラキラしたアイスブルーの瞳が優しく微笑んだ。

「ミス・川瀬。ホグワーツ魔法魔術学校校長のダンブルドアじゃ」
「初めまして。校長先生直々にお越しくいただけるなんて」

ミス、だなんて新鮮。

「今夜来たのは他でもない、イギリスの魔法学校が日本の魔女さんに入学案内するのはとても稀での。というのも、日本には魔法使いや魔女はほとんど出生せぬ。そのため日本には、魔法学校が存在せぬ。500年、いや1000年に1人の逸材じゃ」

マジでか。

「こうして、ミス・川瀬が生まれた。わしも日本の魔女さんに会うのは初めてじゃ。高等魔法教育の行き届くホグワーツで、ぜひ魔法を学んでほしいと願っておる」

壮大な話に暫く川瀬家は放心状態だった。まさか、本当にホグワーツが存在するとは。……実は、まだ半信半疑だった。

「……あの、ダンブルドア校長先生。実は、両親は既に賛成してくれているんです」
「なんと!」
「ぜひ私に魔法を学ばせてください!よろしくお願い致します」

深くお辞儀をして顔を上げると、両親も校長先生も嬉しそうな顔をしていた。

「そう言ってもらえて嬉しい。では、これが必要じゃの」

校長先生は、ローブの懐にすっと手を入れた。

「ミス・川瀬に、これを受け取って欲しい」

校長先生が懐から取り出したものは、華奢なデザインのピンクゴールドの可愛い指輪だった。

「自動翻訳機じゃ。君の言葉が相手には英語に聞こえ、英語で話す相手の言葉が君には日本語で聞こえる、魔法の指輪じゃ。英語に慣れるまで、授業で使うと良い」
「ありがとうございます!」

校長先生から魔法の指輪を受取ると、照明にかざしてみた。キラキラと反射していて、とても。

「綺麗……」

校長先生はにっこりと微笑んだ。

「さっそく付けてみても良いですか?」
「あぁ」

ゆっくりと校長先生が頷いた。私はさっそく右手薬指にはめるため、今までつけていた指輪をはずし、付け替える。魔法の指輪は、私のサイズに合わせて縮んだ。とてもよく手に馴染んで、ピンクゴールドがキラキラしてとても気に入った。元々指輪が好きで、家族でショッピングに行った際に可愛い指輪を見つけてはお父さんに買ってもらっていた。自室に他のもコレクションしてくらい。

「さて、9月1日から始まる新学期の準備が必要じゃ。急じゃが、出発が今日で良ければわしが必要品の買い出しの案内をしよう。都合もあるだろうからの、別の日が良ければ、別の使いをこちらへよこすことも可能じゃが、どちらが良いかの?」

校長先生の言葉に、私は両親の顔を見る。二人はにっこりほほ笑んでくれた。

「今すぐ準備してきます!」

はじかれるように立ち上がると、急いで自室へ戻った。お気に入りの赤いアンティークキャリーバッグに着替えと最低限のものを詰め込むのだった。

「お待たせしました!校長先生」

校長先生が待っているので急いでリビングにキャリバを持っていく。なんと、父と校長先生はチェスで盛り上がっていた。私も父の影響でチェスが好き。


「かれん、思ったより早かったな」
「フフフ。お父さんのチェス好きが高じて、あなたもチェス強いものね」

ルール知ってるくらいは強いとは言いません、お母さん……。私がチェス盤に目が釘付けになっているのを見て母は笑うのだった。

「かれんはオセロ専門だものな!」

オセロめちゃくちゃ強いけど四つ角全部取るけど心読まないでください、父よ。

「ふぉっふぉっふぉ。それでは出発じゃ」

父と校長先生が立ちあがった。校長先生はローブの懐からアンティークな懐中時計のようなものを取り出した。

「それでは川瀬ご夫妻。娘さんは責任を持って我が校で預からせていただきますの」
「よろしくお願いいたします」

父と母が校長先生に頭を下げた。

「かれん、手紙を送ってね」
「もちろん!」

私は、別れに父と母に抱きしめられる。

「ミス・川瀬、これに掴まるのじゃ。イギリスにひとっ飛びじゃよ」

これも魔法なのだろう。懐中時計についている首にかけられるようになっているチェーン部分をつまむように掴んだ。

「体に気を付けてね」
「頑張って来いな」
「うん!お父さん、お母さん、行ってきます!」

次に日本に帰ってこれるのは、クリスマス。そしてイースター、夏休み。それまで会えないのは寂しいけれど、イギリスへの、ホグワーツ魔法魔術学校での生活に期待に胸が躍った。足元が、浮くのを感じながら。