刀剣女士登場


私は無名の刀。
沖田総司が使った刀だったら

「いいのにな〜……」

な〜んちゃって。
自分で言いつつ、とため息をつく。

穏やかな風の吹く
キラキラとした小春日和。
あたりは色とりどりの
春の花が咲き乱れ
春うららかな草原で腰かけて
ひとりごちる。

「えっ沖田くんが好きなの?」
「っ!?」

飛び上がった。
驚いた。
3cmは浮いた。
てっきり一人だと思ってたから……

「ビックリした……」

声のしたほうをそっと振り返る。

「あ、ごめんね?」

申し訳なさそうに言って
困ったように笑う男は
まるで

「沖田総司!??」
「ええ!?ち、違うよ!」

顔の前で焦ったように手を振ってるけど。
浅葱色のダンダラ模様の羽織を纏い、
その、儚げな雰囲気。

「世間がイメージする沖田総司みたいな姿してるじゃない!」
「ええっ!いや、本当に僕は沖田くんじゃないんだよ!」
「じゃあ……どちら様ですか?」

一気に怪しい人を見る目になる私。

「そんなに警戒しないで…!」

彼は困った顔で言った。
アニメなら、
ピャーっと汗が出てそう。

「僕は大和守安定。沖田くんじゃなくて、沖田くんの使った刀だよ」

彼は眉を下げたまま
ニコリと優しくほほ笑んだ。
私は目を丸くする。
よりによって、

「安定かようううううううう!!」

私はその場で頭を抱えて俯く。

「えええ!だ、大丈夫ですか!?」

安定は駆け寄り
私の肩に触れた。

「羨ましすぎいいいいいいい!!」
「ヒィィィ!!」

腰掛けて俯いていた姿勢から
急に立ち上がった私に
心底驚いた安定の悲鳴が上がった。

「……で」

春の草花に囲まれた草原で
春風に吹かれながら
安定と並んで腰かけて。

「あなたは、あの沖田総司が使っていた大和守安定なのね」
「うん……君は?」
「私は……」

しばし考える。

「沖田総司の持っていた、菊一文字」
「ええええええええええええええええ」

あら。案外ノリ良いのね安定。
安定はひとしきりそう叫ぶと
グイっと私に詰め寄った。
近いです。

「沖田くんが菊一文字を持ってたという説は創作でしょ!?菊一文字は国宝だよ!?普通に考えて、沖田くんが持ってたはずのない代物だよ!」
「知ってるよ」
「!?」

私は安定から目を離さずに言った。
安定、見てるととてもおもしろい。
百面相。

「どういうことなの!?君は一体誰なの!?」

ははは。混乱しすぎ。

「だって」
「うん何!?」
「羨ましいじゃない」
「へ!?」

私は安定から目をそらす。

「私は無名なの。名前を知らないの」
「……」

急に黙っちゃった安定。
心を痛めてくれたの?
優しいね。

「まさか沖田総司の使ってた刀に声をかけられるなんて。私は無名なのに悔しいじゃない。……だからちょっと対抗してみた」
「そ、そんな理由で……」

シュン、とする安定。
どうして安定が落ち込むのよ。

「あっ」

唐突に顔を上げる安定。
その表情は何かを思いついたようで
明るかった。

「僕以外にも沖田くんの刀がいるんだ!会わせてあげるよ!」
「え、加州清光?」
「そう!」
「まじでか」
「うん!」

キラキラとした笑顔の安定。
ああ。
沖田総司が愛用する刀なだけある。

「羨ましくて菊一文字なんてすぐバレる嘘ついた人に対してここに来て、さらに沖田総司の本物の愛刀に会わせるの?君は……」
「っ、あわわわわ……っ」

顔を青くして慌てだす安定。
あーあ。これだから君はー。
本当におもしろいね安定は。
からかいがいがある。
まあ本物登場に
本当に落ち込んだけどさ。
……ちょっとだけね。

「冗談だよ。言ってみただけ」
「……そう」

少しホッとしたように微笑む安定。
……あれ。
カワイイって思っちゃった。
キュンとしちゃった。

「でもさ。どうして会わせてくれるの?」
「え?そりゃ」

さもなんてことないとでも言う風に。
キョトン、とする安定。

「沖田くんに憧れてる者同士。仲良くなれるかなって」

な、仲良く……!?
私を見つめたまま
相変わらずキョトン
としている安定。
……何言ってるのこの子。

「なにも、会うまでしなくても……」

私は安定から目をそらす。
だって意味わからないよ。
どうして出会ったばかりの私に
この人はそこまでできるの?

「え?だって君ノラなんでしょ?僕たちの主のところに来ればいいじゃない」
「は……?」

私の態度が思った反応と違ったのか、
え?とか小首を傾げる始末。
あ、その仕草カワイイ。
っじゃなくて!

「いやいや。何勝手言ってるの。私が急に行っても君の主だってなんて言うか分からないじゃない」
「大丈夫じゃない?」

何を根拠に……。
そんな私をよそに
カラカラと笑う安定。

「さ、ということで決まりだね」

そう言うと立ち上がって
着物についた草を
ポンッポンッとはたく安定。
しかもあろうことか、
私に手を差し出してきた。
こ、これいかに。
私が困って手を掴まずにいると
安定が優しく微笑んだ。

「君は、清光に会いたくない、僕たちのところへ行きたくない、とは言わなかった。つまり君自身は良いんでしょ?だから」
「……!」

ふいに、手を掴まれる。
そのまま立ち上がらされてしまった。
すごい力に、男なんだなって思った。
……安定ってば儚げなのに。
って思わず呆けて
見つめ続けてしまってた。
安定がそんな私に気が付いて
微笑んだから気づいた。

「さ。行こう!」

そう言った安定は、
今日イチの笑顔だったと思う。

「清光ー!」

手を引かれ連れて来られたお屋敷。
廊下の先に
赤と黒のコントラストが
絶妙な人が振り返った。

「ああ。安定おかえり。……あれ、どうしたの?その娘」
「清光に紹介しようと連れて来たんだよ!彼女はお菊!」
「っちょ……安定」
「え?いいでしょ?」

ニコニコしてる安定。
悪気ゼロの笑顔だこれ。
まじか。
ちょ
菊一文字と言ったこと
無意識にイジるのヤメテ。

「は、はじめまして」
「へえ。カワイイね。よろしくね、お菊。……あれ?君も刀剣?」

清光が少し驚いた顔で私を見つめた。

「……!!!!」

私は一つ重大なことに気が付いた。
思わず息を呑む。
そして頼れる人を即座に探し
思わず安定の袖を指先でつまむ。

「ん?どうしたの?」

ヒョイ、と私の身長に合わせて
顔を覗き込んでくる安定。
くっ……カワイイなその仕草。
じゃなくて!

「安定も清光も、刀剣男士……だよね?」
「え?うん。そうだよ?」

安定は私の言ってることが
理解できないようで
キョトン顔で見つめ返してくるだけ。

「私は……?」
「え?」
「あなた安定・刀剣男士。あなた清光・刀剣男士。私は……!?」
「え……、!!!!!!!」
「気が付いた!?気が付いた!?」
「気が付いた!!」

青くなって
私の言ったことを繰り返す安定。
もう、こんなときまでカワイイな安定。
ってこんなときまで何なの私は。

「え……待って」

その時。
顎に手を当て考えていた風な清光が
察しがついたのか割って入った。

「お菊、もしかして刀剣女士……?」
「はい正解!!」

私は混乱してしまってか、
おかしなことを口走る。

「刀剣男士しかいないのかと思ってた!これは珍しいよ!」

急に白熱しだす清光。

「お菊を審神者に会わせよう!きっと置いてくれる!」

安定みたいなこと言い出した。
さすが沖田総司の
愛刀同士なだけあるか。

そうして、
あれよあれよと連れて行かれ
私は置いてもらえることとなった。

「いやー良かったね。これで一先ず落ち着いた」

帰りの廊下で
清光が歩きながら胸を撫でおろした。

「ねー本当に良かったね」

安定もニコニコとご機嫌。
私の心にも
ようやく平穏が訪れた気がした。

「ん?お菊ってもしかしてさ」

前を歩いていた清光が
急に立ち止まり、後ろを歩いていた
私と安定を振り返った。

「ずっと引っかかってたんだよね。散歩に行っただけのはずの安定が、娘を連れて帰ってきて、いの一番に僕に会わせにきたから」

要領を得なくて
私と安定は顔を見合わせる。

「お菊ってもしかしてさ。菊一文字から来てる?」
「……!!!!」

ああ。穴があったら入りたい