かくばかり恋ひつつ


山姥切国広は綺麗だった。

近侍として、この本丸の刀剣男士たちを纏めようと奔走する姿を見ているうちに、私はいつしか特別な感情を抱くようになっていた。

編成の相談から始まり、高い場所の物や重い物を取ってもらったり、食事は一緒に並んで取り、縁側でお茶を飲んでひたぼっこしたり、季節の花々を見に二人で散歩に出たり、万屋の買い物の付き添いをお願いしたり、時には寄り添い合ってお昼寝したり。

私たちは恋人同士ではない。だけど何かと気遣いそばに居て助けてくれる近侍が可愛くて、まんばちゃんと呼んではそばに置いた。

そんなある日、修行に行きたいと言ってきた。

まんばちゃんが何日も居ないのは寂しい。だけど、強くなりたい本人の意思を尊重して、二つ返事で了承した。
私の本丸で、初の極が誕生する。

私と、数振りの男士達が門に集まった。見送りは必要ないとまんばちゃんは言ったけど、近侍で初期刀であるまんばちゃんには、多かれ少なかれどの子もお世話になったからと首を縦に振らなかった。

いつも側に居てくれたまんばちゃんが、初めて私の元から離れる。それだけで泣きそうになるけど、我慢。修行は笑顔で送り出さないと。

「手紙、待ってるからね」
「ああ。必ず書く」

笑顔で言ったのに、まんばちゃんにじっと見つめられた。本当は泣きそうなのに、痩せ我慢していることを見透かされてるような気がした。だって次に会えるのは、こちらの時間軸では4日後だけど、修行先でまんばちゃんは長い年月を過ごすだろう。
もし。もしその間に、あり得ないけど、良い人なんて見つけちゃったり。そんなことにったらどうしよう。
まんばちゃんは必ず私の元に帰ってくるけど、向こうで出会った人の事を想いながら私の本丸で過ごす、誰もが不幸な未来を、ほんの一瞬で想像して。

「いってらっしゃーい。ほら、あるじさまもてをふって!」

隣に立つ今剣の元気な声にハッとして、反射的に手を振ってしまう。馬鹿馬鹿しい考えだ。そうなのだろうか?

まんばちゃんが、背を向けて歩き出す。私のそばを初めて離れた瞬間だった。

しっかりしなければ。私は時の政府から任された審神者だ、今は戦争中だ。山姥切国広は私の元でより強くなるため修行に行くのだ。そう思い直して、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

もし、私の妄想が現実になったら?刀剣男士であるまんばちゃんが、誰かを好きにならないとは言い切れないのでは?
遠ざかって行く背中を見つめる。誰のものでもないまんばちゃんは、この瞬間までだったとしたら。

「・・・まんばちゃん」

両手で顔を抑える。溢れてしまった涙が止まらない。せめて好きって言えば良かった。修行から帰った時には、もう遅かったら。
私は審神者で、まんばちゃんは刀剣男士だから私の独りよがりで振り回せなかった。私が勝手に恋して暴走して独りよがりで想いを告げれば、主だと、そう言ってくれる本丸のみんなの気持ちを乱すと思って怖くて言えなかった。

「主」

巴の心配そうな声がする。
私は勘違いしていたのかもしれない。私が泣いてもみんなの気持ちを乱れさせる。その思いに報いるために、自分の脚で立たないと。
まんばちゃんの背中はもう小さくなっているだろう。それでも今から追いかけて、想いを伝えよう。

「まんばちゃん待って、・・・行かないで」

意を決して指先で涙を拭った。

「兄弟、」

堀川くんの声にハッと顔を上げると、小さくなっていたはずのまんばちゃんが目の前に立っていた。何かを我慢しているような表情で、口も引き結んで。

「まんばちゃ、」

瞬間、肩をぐっと引かれたと思ったらぎゅうぎゅうに抱き締められた。周囲は思いのほかシンとしている。
私の首筋に顔を埋めたままのまんばちゃんから、息を吐き出す熱い呼吸を感じた。

「そう言えば良かっただろう」

一瞬理解出来なかった。どうやら、まんばちゃんにはお見通しだったらしい。すとん、と肩の力が抜ける。

「・・・ごめん。カッコつけちゃった」
「ああ・・・分かってる」

まんばちゃんを引き離そうとする長谷部を止める和泉守と光忠の声の中、刀剣男士達から一気にどよめきの声が上がった。長谷部の悲鳴が一際大きかった。

まんばちゃんに、私がキスをされたから。

口を塞ぐ濡れたやわらかな唇。触れるだけのキスに目を閉じて酔いしれた。このまま時間が止まれば良いのにと。

私の心配は吹き飛んだ。まんばちゃんを修行に行かせてあげられる。唇を離すと後追いしてきたけど、私には充分だった。

「帰ったら、強くなった俺であんたの男にしてくれと言う。待っていてくれるか・・・?」
「待ってる」

まんばちゃんはうれしそうに目を細めると、もう一度ぎゅっと抱きしめられた。

「主のことは俺たちに任せな」

鶴丸が隣に立った。和泉守から山伏に変わって光忠との間で長谷部がズシャァと崩れ落ちたのが見えた。

「ああ・・・まあ、長谷部も任せろ」

鶴丸の言葉に、私は複雑な顔になる。

「それじゃあ、主。行ってくる」
「行ってらっしゃい。まんばちゃん」

まんばちゃんは今度こそ歩き出した。こちらに軽く手を上げながら。
たくさんの刀剣男士たちに囲まれて、私は無事まんばちゃんを見送った。

その日の夜。

明日来ると思っていた手紙がまんばちゃんから届いた。

内容は、遠回しでは伝わらないようだからこれからは直接口説くことにする、と宣言された真面目すぎる恋文。