恋い恋いて


私の本丸にも山姥切長義が配属された。

近侍である山姥切国広の本歌だからだろうか。山姥切国広を意識する山姥切長義は、私と顔を合わせた時から私への入れ込み具合がそれはもう凄まじかった。

おまけに長義は実力者だった。

山姥切国広に引けを取らない綺麗な顔もさることながら、魅力的な刀剣男士だった。それでも私が山姥切国広にゾッコンなのは変わらなかった。きっとこれからも変わらないだろう。
それでも山姥切国広に想いは告げていなかった。当の山姥切国広が、恋愛なんて興味ないです、という顔をしていたためだ。完全なる私の片想いだった。
しかし私にとっては不運なことに、山姥切長義による山姥切国広を意識した私をめぐる一方的な戦いは激化の一途を辿っていた。

そんな日々を送るなかで、段々と私の中である一説が浮上し始めていた。
もしかすると山姥切長義は、早い段階で山姥切国広の気持ちが私に無いことを悟ったからこそ、私を哀れみ、私の気持ちを己に向けようとしているのではないか、というものだった。

山姥切長義は品行方正、頭の回転が速く、誠実で真面目、人当たりも良く、本丸の他の子たちとも実にうまく行っている。大変優秀の一言。山姥切国広が絡むとなぜかあのようになるが。長義は間違いなく良い子だった。

それならば長引かせたくない。今は戦争中だ。
時の政府により任された審神者である私が刀剣男士とこのような事態になるのは、趣旨がズレているというものだ。この本丸にとっても良い事であるはずがない。

長義と話そう。長義の気持ちに応えられないことを伝えなければいけない。山姥切国広とうまく行かないことが決まっていても、だからって長義と付き合うなんてとんでもなかった。

しかし

「ならばやはり俺を選んでくれないかな、主」
「え」
「俺は主を好いている。俺なら主の望む関係性を実現できる。主を今よりも幸せにできる。俺はいつでも準備万端だよ。安心して俺のもとへ来るといい」

これほどに私への好意を表明する長義。

対する反応の薄い山姥切国広にはフラれてしまったのだと、私は白旗をあげるしかなかった。

「ありがとう長義。でも、それって私が気持ちを弄ぶことになると思わない?」
「思わないかな。主に俺を今から好きにさせれば良いことだからね。俺を選んで良かったと必ず思わせてみせるよ。覚悟したまえ」

一連の流れを見ていた山姥切国広が目を丸くして私を見たけど、私には山姥切国広を見ないようにすることで精一杯だった。

「……今日で、山姥切国広の近侍の任を解きます。だからって山姥切長義を近侍にはしません。他の者にします。このような事があったためご理解ください」

納得はしてないかもしれないけど、山姥切の二人は頷いてくれた。

「さあ、主。山姥切国広はもう近侍じゃないのだから、俺との時間を増やしてくれるだろうね」
「…うん」
「それを聞いて安心した」

長義は満足そうに微笑みを浮かべた。その目はしっかり私を見ていた。

長義は、こういう時に触ってこない。距離感を心得ているというか、長義のそういうところに好感を持てた。

それからは、山姥切国広は私を避けるでもなく、長義も以前よりは余裕を持って接してくれるようになった。確実に私の精神状態は回復していた。

私の判断は間違えていなかった、そう思って安心した。長義に限らずいつまでも誰かに追い回されるのは、この本丸のことを考えても早めに終止符を打つのが正解と思う。
振り向かない相手を追いかけても仕方がないのだから。

私は、長義の恋人となった。

根負けという形に落ち着いた。何をやっているんだと我ながら思う。拒み続けた。だけど長義は、山姥切国広への想いは断ち切る努力をしている最中であることを承知の上で。
いいのかな、長義は本当にこれで。大丈夫、いつかは山姥切国広を忘れられるだろう。いつか長義を愛するようになる。長義は優しい良い人だ。そこは間違いないのだから。

長義はというと公認の彼氏らしく、常に私のそばに居た。愛してくれたし、慈しんでくれたし、優しかった。だけど、長義の優しさを受け取るたび胸がちりと痛い気がした。まだ山姥切国広を追っている心に、私は見ないふりをした。

すべて上手く行っていると思われた、数ヶ月経った頃。

「主」

山姥切国広が、周りに誰もいない時に呼び止められいきなり告白をしてきたのだ。

「俺はずっと近侍だった。他の者に示しがつかないとこの気持ちを抑えようとした。だが、あっという間に長義に取られてしまった。諦めようと思った。だが近侍の任を解かれてからも、気持ちは大きくなるばかりで自分ではどうしようもできなくなりつつある。既に長義と付き合ってるあんたを思えば黙ってようと思ったが、長義といるあんたを見ていると耐えられなかった。限界を越える前に伝えたかった。最初は気のせいかと思ったが、俺にはあんたが長義を好きだとは思えない。俺の願望が見せる幻とは思えない。もし、もし俺に少しでも可能性があるなら。俺は、今からでも主の気持ちを取りに行く」

真剣な目で見つめられて、私は混乱していた。
なんてことだろう。山姥切国広に近付きたくて近侍にしていたのに、それが弊害になっていたなんて。しかも、山姥切国広の気持ちを私が勘違いして告白をやめたばかりに、長義に根負けしたばかりに、この現状。長義を傷付けないためにも付き合わず、諦めずに山姥切国広を思い続ければ良かっ・・・しなかったことを考えても仕方がない。私はなんて大馬鹿者なのだろう。
私はこれまでも山姥切国広だけを愛していた。正直、まだ断ち切れていない。

「私・・・・・」
「分かっている」

山姥切国広は落ち着き払って言った。

「既に長義と付き合っているあんたにこんなことを言って我が儘なのは分かっている。だが、あんたが好きなのは俺なんじゃないか?だったらこれは俺と主の二人の気持ちの問題だ。俺たち二人の。長義が好きなら言ってくれ。俺はフラれることになる。そうなれば俺は諦めるしかない。俺に望みがないなら、この場で応えてくれ。主の気持ちを聞かせてほしい」

壁際に追い込まれて、壁ドンされる。
もう望みはないのか、なんて・・・。山姥切国広に気持ちは見透かされてまでいた。私はなんて愚かなのだろう。逃がさないと言うように、手を取られて壁に押し付けられた。

その時、短刀達の声が聞こえてきた。近付いてくる。中庭からは少し奥まった場所とは言え、こんなところもし見られたら、

「主、これから口吸いをする。長義が好きなら避けろ。でももし俺を好きなら…」

目前に、山姥切の綺麗な唇が迫ってくる。

「受け入れろ」

なんて強引なんだろう。だけど、拒む訳がなかった。私は、最低だ……どこまでも。

唇が重なる。壁に押さえつけられて動けないため、されるがまま長いキスをされる。深く。深く。この瞬間終わりを覚悟した。涙が一筋頬を流れた。私が泣いていい立場じゃないのに。長義への裏切り。本丸のみんなからも見放される。審神者を解任させられる。二度と山姥切国広と会えなくなるだろう。なのに、好きな人から強引に求められてると思ったら、正直たまらない、なんて。

誰かに見られたら一貫の終わりなのに。その背徳感さえこのキスの高揚感を上げるスパイスだった。

「……主は誰にも渡さない」

そう言って、山姥切国広は何度も何度も首の角度を変えて唇を押し付けてきた。

「ん…」

なんて気持ちの良いキスをするのだろう。山姥切国広のキスに酔いしれる。せめて、今だけは。立っていられないくらい、とろけるような心地がして。

「主……いつもそんな顔を奴に見せているのか?」

腰を支えられてやっと立っていられる状態になってから唇が離れて、そんなことを言われた。
目の前の山姥切国広の顔が、不機嫌を隠しません、というほど眉間に皺が寄り、険しくなってる。山姥切国広の長義を意識しきった獲物を狙うオスの危険な香りを感じた。長義とはこんなに気持ち良くなったことないもん…

「……気に入らないな」

沈黙を肯定と受け取ったのか、噛み付くようなキスをされる。誤解だと訂正しようにも、嫉妬した山姥切国広を止められるはずもなく抱きすくめられ、されるがまま。

山姥切国広の気持ちが体の隅々まで満たされていくようで。

「ふぁ、ん…」
「なんて声を出すんだ…」
「誰かに見られたら、」
「見せつけてやれば良い」

再び唇を塞がれる。両手をとられ、顔の両脇で壁に押さえつけられる。

「ん…ふ、ぁ…、やま、ん…」

案外、あっさりと私を離してくれた。

「次はこうは行かない」
「……」

こんなに男前だったっけ…山姥切国広に押さえつけられていた手をさすりながら、思わず赤面する。

「主、そんな顔をみんなに見せるつもりか?」
「え、」
「少なくとも、やつには見せたくないな」
「……」

よくそんなこと、サラッと…

「主。俺を受け入れてくれてうれしい。俺はあんたを他の誰にも取られたくない。主の相手は俺だと、みんなに認めてもらう。主もそのつもりで」
「……」
「部屋まで送ろう」

山姥切国広に背を押されて、誰にも会わないように気を付けながら自室まで送ってくれた。
山姥切国広は、帰り際、触れるだけのキスをした。

「……コソコソするのも、わりと良いな」
「えっ」
「冗談だ。必ず公認にしてみせる」

山姥切国広が頼もしくて、ああやっぱりカッコイイなあ。
 
山姥切国広を見送り障子を閉めると、文机に向かった。人が来ても、仕事してる風を装わないといけない。さっきまであんなことをしていたのだから…

これからどうやって長義に、みんなに折り合いつけて行こう。
そう考えてるのに、思わず山姥切国広とのキスを思い出して1人で赤面した。

「……」
これから私は、地獄を見るのだろう。たくさんの人を傷付けて。