近侍歴最長の矜持


これまでこの本丸の近侍はずっと、アタシだった。

近侍って、主が側近にしたいヤツってことでしょ?

アタシは、近侍としてたくさんの新しい子がこの本丸に来るのをずっと主の隣で見てきたんだ。

だけど、へし切長谷部が来てからというもの。

突然主がアタシを近侍からおろした。



長谷部が主のそばからいなくなるタイミングを見計らい執務室に行くと、閉じられたふすまの向こうから書物をめくる微かな音が聞こえてきた。

主は、いつも通り文机について書物を読んでいるようだ。

「主。今いいかい」
「はい、次郎さん」

ふすまを開けたアタシに、主は変わらない笑顔を向けてくれた。

「古参の清光から聞いたよ。アンタが一番長く近侍に置いたのって、アタシだったそうじゃないか」

ふすまを閉めて下座に腰を下ろし正座をしながら、直ぐに書物に目を戻してしまった主を見つめる。

アンタってほんとに、書物が好きだねえ。アタシが話し始めるまで、書物に目を戻すのも変わらない。

アタシが近侍だった時も、主の手元では常に書物が開いていたものさ。

……でも今は違うんだろうね……。

「アンタってさ、」

アタシのことどう思ってた?

「……長谷部が好きなの?」

核心をつく。

「そんなこと……。長谷部さんは来たばかりですから。みんなと同じくらいに成長してほしくて、近侍に就いていただいたのですよ」

そう答える主はいつも通り微笑んでいたけれど。

一瞬だけ。少し驚いた顔をしたのを見逃すアタシじゃない。

「……と、近侍交代の時にも説明しましたよね」

優しい口調で、ふんわりとした笑顔で話す主。

アタシが不満を抱えているのを感じ取っているのか、さながら慰めるようだった。

「そうだけどさ」

アタシが呟くと、主はアタシが納得していないのを察してか困ったように微笑んだ。

そんな顔をさせたい訳じゃなかったんだけどね……。

「次郎さんだって、そうでしたよね。この本丸に来てくれて直ぐに、前任の清光に変わって近侍になってもらいました」

主のいつも通りのゆっくりした口調。

ずっと聞いていたい細い声。

アタシはあんたのそのすべてを包もうとしてくれるところが、心地良くてね。

「……」

主は微笑を浮かべたまま、アタシの心に寄り添うように包み込むような笑みで見つめてくれる。

「……」

……分かったよ。アンタはこれ以上この話はしたくないんだね。

アタシは立ち上がる。

「邪魔したね」
「いえ……」

小さく笑って首をふる主。

アタシはおとなしく主から目をそらすと、執務室を出る。
襖を閉めようとした時。

「次郎さん」

優しい声音で呼ばれ、ふすまを閉めようとした手を止めて主を見る。

「いつでも。お話に来てくださいね」
「……」

アタシは無言で頷いて見せた。

上辺だけの、小さな笑顔を見せることも忘れずに。
だってアタシは、笑うことなんて出来ないよ。

アンタの思考は長く近侍だったアタシには直ぐに分かっちゃうんだからさ。
でもそれこそが、アタシに突きつけられた悲しい現実。

「局面によっては近侍を次郎さんにお願いするかもしれません」とも言ってこないんだから、戦力外通告とも受け取れるよ…

「……」

主の執務室からの階段を下りながら、アタシはまた一人思考に落ちていく。

アンタは多分ずっと、長谷部を近侍にしたかったんだろうね。

どうやらアタシを即近侍にさせた理由は本当のようだし、ずっとアタシを近侍にしていた間アンタは本当にアタシを大切にしてくれていたことも分かってる。

「……」

アタシは、人間の体を手に入れて、アンタに出会って。

初めて知ってしまった感情を無かったことにはできないよ……

「人間の男の体って不便だね……」

この本丸には、たくさんの男士たちがいる。

短刀も脇差も打刀も太刀も槍も薙刀もみんな、優しい笑みで包んでくれるアンタを慕ってる。

中にはアタシみたいに審神者相手に想いを抱えてしまってる粋狂な奴もいるはずさ。いや、実際いるんだよ…

そしたらその時の近侍は、

「む。どうした。こんなところで」

戻ったらしい長谷部が、アタシが来た背後をチラと確認したのが分かった。

「俺の前任だったのは知ってるが。悪いが今は俺が主おs」
「アンタ、しっかりしなよ。そのお世話係ってやつをさ」
「もちろんだ」

長谷部の肩をポンと叩いて、脇を通り過ぎる。

もっと違うことを言うと思ったよ、長谷部。

どうやら二人は、今は少なくともどうにかなってる訳じゃないらしいことを内心喜びながら。

ごめんね主。アタシはどうしても、アンタを諦められないようだ。