あの人に憧れる理由


「おはよう、安定」

今朝も、主は1番に僕の名前を呼ぶ。

「おはよう、主」

僕の胸に顔を埋めて朝の抱擁をする主に、僕も自然と笑顔がこぼれる。僕らの主は僕をとてもお気に入り。

いや、主が好きなのは、沖田くんだ。

沖田総司。

剣にめっぽう強く、それでいて近所の子どもたちを集めては壬生寺の境内を走り回り、よく冗談を言っては人を笑わせるのが好きで、若くして労咳で亡くなった天才剣士…

そんなドラマ性に富んだ生涯のためか、後世では、色白な美青年と脚色されがちだ。

だが実際は、浅黒のヒラメ顔、新選組幹部一の長身。

これを知れば、ほとんどの人がビックリするんじゃないかな。

そんな、僕が憧れてやまない沖田くんを、主も僕くらい。いや、僕以上に大好きなのだ。

僕の主は人を見た目だけで判断しない。そんな主に僕は惹かれた。

だけど、自覚した瞬間、主は僕の手の届かない存在となってしまった。

主が好きなのは僕ではなく「沖田くんの愛刀である僕」なのだから……。

「ねえ安定? 沖田くんの話を聞かせて」

ああ、なんて残酷だろう。

僕の気持ちには絶対に気が付くはずのない主は、僕の膝に座り、心地良さそうに僕の肩に頭を預けた。

主は僕の胸で頬を寄せ、幸せそうな顔をしている。そんな主を見たら、僕も答えるしかなくなるのに。

「いいよ。何を聞きたいの?」

僕は両腕に主の華奢な体を包み込む。

薄い審神者装束越しの主の成熟した若い女性のやわらかな体が、触れ合ったところから体温と一緒に伝わってくる。

僕の欲しいひとは、僕の腕の中にいる。

なのに遠くに感じるのは、主の心が僕だけのものじゃないから。

「沖田くんは朝起きたら一番に、何をしてたの?」

主は僕の膝の上で頬を僕の胸にすり寄せ、幸せそうに微笑んでる。主はこうするのが好き。

僕は記憶を辿り始める。

「えーっとね……」

主のやわらかい体を包む薄手の審神者装束が、僕の思考を妨げる。

人間の男の身体は、なんて不便なのだろう。

狂おしいほどのこの感情がとても苦しく、いつからか持て余すようになってしまっていた。

僕は刀でありながら、人間の女性に好意を抱いてしまったから。

とは言え、刀剣男士が人間の体を手に入れたからこそ、主にこうして触れることも、会話をすることもできる。

主触れたい。

微笑を浮かべた主と、目が合った。

「ふふふ」
「……主?」

主のことが好きなのに。下心がバレたのかと焦る。

「安定みたいに、沖田くんも胸板が厚かったかなぁ」

そう言って、僕の胸に顔を埋め幸せそうに微笑む主。

ああ。なんて。

このまま僕のものにしてしまえたら。

「…僕はあまり胸板は厚いほうじゃ、ないよ」
「え〜? 戦う男子って感じだよ〜」
「そ、そうかな」

ギュー、と主が僕の胸に頬ずりする。

主が可愛いすぎる。

僕の胸に頬を埋めている主の髪を優しく撫でると、嫌がらずに、むしろ心地良さそうに大人しい主。

僕にされるがままの、主。

「……」

主は、僕にどんな風に抱かれるんだろう。

って何考えてるんだろ僕、

「ゴホンゴホン」
「安定、風邪?」
「だ、大丈夫。大丈夫」
「調子悪かったら、言ってね?」

出陣変えてあげるからね。そう言って、僕の背中を小さな女性の手で撫でる主の温もりが、優しさが心地良い。

「……」

ああ本当に、沖田くんが羨ましいよ。

主と沖田くんが同じ時代で生きていたら、沖田くんだって主と知り合えば、きっと簡単に、主へ好意を抱くだろう……。

そして僕は、愛し合う二人を刀として。

見ずに済んで良かったと思った。

「……」

今、主は僕の背中をさすっていて。

僕は、主を腕の中に閉じ込めていて。

このひとを独占しているのは、今このとき僕なのに。

決して手に入れることのできない主。

「……」

僕は意を決して主の肩を掴んで体から離した。

「ごめんね、もう大丈夫だから」

主を安心させたくて微笑んで見せると、主は安堵した笑顔を浮かべた。

「何かあったら直ぐに言ってね」
「うん」

ああ、本当に。主が愛しすぎるよ。

沖田くんと主が、同じ時代に生きてなくて良かった……なんて。

沖田くんなら、主と恋仲になってただろうから。

「座って、安定」

卑猥な想像をグルグルとしているだけの僕を、主は心配して休ませようとしてくれるようだ。

「大丈夫だから」

そう言っても、僕の着物の袖を引っ張る主にならって、僕は素直に主の隣に腰をおろした。
主は、僕の肩に頭をぽふ、と乗せてきた。

まるで恋人同士だ。

主は、僕を恋人のように扱う。それがうれしく、だけど悲しい。

僕らはお高い、常に沖田くんの幻影を見ているから。

主。

主が僕のことを可愛がってくれてるの分かるけど、気が変になりそうだよ。

「無理はしないようにね」

主の優しい声音に、僕の心臓はいやな高鳴り方をした。

主の心の動き。主の一言一句、主の一挙手一投足。主の唇の動き。主の表情。主のすべてが、僕の邪な気持ちが卑猥に飛躍する。

「えっと。沖田くんが朝起きたら一番にしていたことだよね」

僕はあえて大きな声を出した。

「うん」

そう言って、幸せそうに微笑を浮かべる主。

「……」

ああ……分かってしまった気がする。

主は、本当に沖田くんが好きらしい。分かってた筈だけど。

思えば、主は絶対に沖田くんには会えないのだ。

そのどうすることもできない虚しさを。

僕に投影しているに過ぎないのだ。

沖田くんに似ていて沖田くんを知ってる僕に。

「安定〜、、、」

トントントン、と僕の胸を指先の弱い力で叩いた。

僕に甘えてる主は、やっぱり可愛い。

例え沖田くんを僕に東映していても。

主が望むなら。

僕は主の望む沖田くんの愛刀を演じるよ。

「沖田くんは朝起きたら、一番に顔を洗う派だったのかな」
「え〜っと、厠かな」
「厠の後は?」
「朝帰りの土方さんを起こしに行って、チョッカイ出してた」

そう言うと想像したのか、主が口を押えて笑った。

ぷふーっという音がした。

「楽しそうね。 見てみたかった」
「えっダメだよ! 寝起きの土方さんに近づくと手籠めにされちゃうよ!」

どう主を守ろうかと、物凄い速さで頭が回転したのが自分でもわかった。

「大丈夫よ。年の近い藤堂さんと、遠巻きに見るつもりだから」

え、主は隊士視点なの?

やたらとハキハキと答える主に、今度は僕が笑った。

「じゃあ、その後に身支度?」
「その後は二度寝してたなぁ」
「土方さんを起こしておきながら、自分だけ? 沖田くん、姉上がいないとやりたい放題だねぇ」

うれしそうに笑う主の顔を、僕は口元に弧を浮かべながらも憂いの表情で見つめてしまう。

僕はこの人がほしいのに。

この人の心は、永遠に沖田くんのもの。

だからますます僕は

沖田くんへの憧れが増してしまうんだ。