オレと彼女の幼少期物語




4歳の頃、父さんに連れられて忍界大戦の戦場でたくさんの亡骸を見てから、命や忍、里とは、何なのかをずっと考えていた。

戦いで殉職した戦没者や、大戦跡地などを祀っている遺跡もあることを聞いて、一人で見に行くことにした。実際に見れば、何かわかるかもしれない。

跡地に行くにはそれなりの道なりで、野を超え山を越えようやく着いたそこには、先客がいた。

「…………」

大きな石碑の足元で憂いの表情で見上げる少女の艶めく髪が風に揺れる様が、太陽光が神秘的にキラキラとしていた。

ハッとして、石碑に馳せる思いの邪魔をしないよう脇の茂みに身体を滑り込ませ、気配を潜める。歳はオレと同じくらいだろうか。まだあどけなさの残る顔立ちの中に、大人びた感性を併せ持つ少女に、オレは目をそらすことができんかった。

人の気配がして振り返ると、大人の男女が手を振っていた。両親だろうか、少女を見ると、二人に駆け出していた。

3人は合流すると、オレが来たほうへと歩き始めた。どうやら帰るらしい。大人の男女の背中には、木の葉の忍の証である、うずまき模様の入った忍ベストを着ていた。

「……」

3人が遠のくのを見届け、茂みを出る。なぜ隠れたりしたのだろうかと思いながら。

それからもいろんな跡地を見て回った。石碑巡りをしない日は鍛練を積んだ。父さんがいる日は、忍術や体術、手裏剣術を学んだ。父さんはすごい忍びだと思う。

「イタチ、そろそろ夕食だ。帰ろう」
「……はい」

まだやれるのに。父さんの鍛錬は、いつもオレが満足する前に終わる。

父さんからやや遅れ、木の葉の商店街が軒を連ねる街中を家路へと歩く。

「、」

戦場跡地で見た、あの綺麗な少女がいた。買い物袋をかかえ、母親と歩いている。

「……」

母親を見上げて楽しそうに笑っている表情は、年相応に見えた。石碑をあのような表情で見ていた同一人物には思えない。

「どうした?イタチ」
「なんでもないよ、父さん」

今にも躍り出しそうな気持ちになっている自分が不思議だった。

翌日、朝食を終えて食器を台所へ持って行ったら、一人で鍛錬に行くつもりだった。

「イタチ。母さん病院に行くから、一緒に来てもらえる?」
「わかったよ、母さん」

母さんに付き添って、木の葉病院に来た。

「ありがとうございました」
「お大事にね」

帰り道、母さんに尋ねる。

「母さん。どこか悪いの?」
「あら……ふふ。違うのよ、イタチ」

母さんの優しい手が僕の手を引いた。頭を抱き寄せられ、母さんのお腹に当てられた。

「ここに、赤ちゃんがいるの。イタチ、あなたは兄さんになるのよ」

兄さん―――

「男の子か女の子か、まだわからないわ」
「弟が良いよ」
「あら、妹も可愛いわよ」

母さんが幸せそうに笑った。ああ、あの少女に会いたい。なぜか母さんの笑顔を見てそう思った。

今回の目的地である殉職者の慰霊の地で、またもあの少女と再会した。いや、彼女に取っては再会ではないのだが。なんて偶然だろう。

「となり、良いかな?」

自分でも、大胆だと思う。まさか話しかけられるなんて思わなかったのか、振り向いた少女の顔は少し驚いていた。

「すまない。驚かせるつもりはなかった」

すると、オレを見つめる少女が微笑んだ。そして石碑の前を少しだけ移動して、オレが立てるスペースを作ってくれた。ありがとう、と言って少女の隣に立った。

「跡地巡りをしているのか」

石碑を見上げながら、尋ねてみた。

「ええ。……あなたも、よね?」

次はオレが驚く番だった。初めて聞いた声は高く澄んで。可憐だ。少女を見つめ返す。

「戦場跡地や慰霊碑で、あなたを見かけたことがあるもの」

聞き心地の良い声でオレに微笑むと、石碑にまた目を戻す少女は相変わらず綺麗な長い髪が風に揺れて、太陽光でキラキラしていた。

「私ね。忍とは何か、里とは何かが。知りたいんだ」

高く澄んだ声でそう話す少女に、オレはうれしい気持ちがこみ上げる。

「オレもだ。同じこと、考えてた」
「本当に? 一緒だね」

オレを見てうれしそうに笑ったその笑顔に。オレの視線は引き付けられた。

「戦地跡や、殉職者を祀った石碑を見てね……考えるの。前線で戦った人達や、その家族の気持ちを想像したら……後世を生きる私たちは、二度と繰り返してはいけない」

衝撃だった。少女が静かに紡ぎだす言葉を聞きながら、オレの中で何かが固まって行く感覚がして。

「そろそろ帰らなきゃ」
「うん、」

バッグをかけなおすのを横目で見ながら、もっと話をしていたかったと思った。「家の手伝いをするの」と答えられ、どうやらオレは顔に出ていたらしい。

「キミは?」
「ああ、帰る」

そう言ってバッグをかけなおしたオレに、キミは小さく笑って。もう少し一緒にいられることになって、うれしかった。家まで送ろう。

バイバイ、と胸の高さのところで手を振るキミは、笑顔だった。玄関の中へと見えなくなるまで、オレは彼女の後姿を見送った。もっと、一緒に居たい。

その日から、父さんに付き合ってもらい、ますます鍛練に励んだ。もっと。もっとだ。あの日、キミと話をしてからオレは。答えを見つけられそうだから。

季節はいつしか夏になった。オレは兄さんになった。

「男の子ですよ」
「ミコト、ありがとう。体は平気か?」
「ええ、あなた」
「良かった。……この子の名前、決めたよ」
「聞かせてくださいな」
「サスケだ」

待望の弟だ。新しい命。生まれたばかりのサスケの手に、そっと触れる。とても小さな手。オレの指を掴んだのを見て、心にほんわかと温かいものが広がった。とても可愛い弟が、守るべき存在ができた。

生まればかりの弟を構いながら、変わらず日々鍛錬を積んだ。幾度か、里内でもあの少女を見かけた。

友達や、近所のおばさんと楽しそうに談笑している笑顔。夕方、父親と手を繋いで土手を歩いている笑顔。母親と楽しそうに買い物をしている笑顔。彼女は、いつだって笑顔だった。あの日、オレにかけてくれた笑顔を、またオレに。

「……そろそろ帰るか」

今日の鍛錬では、いつもより満足度が高かった。鍛錬中にあの少女のことを思い出すと、ますます身が引き締まる思いだった。

空を仰げば太陽はすっかりてっぺんに上っていたことに気が付いた。家に帰ってサスケの面倒を見なければ。

森を抜け、ひらけたところに出る。

「ねえー!イタチくん、だよね……?一緒に缶ケリしない?」

名前を呼ばれて振り返ると、接点の無い同じ年くらいの少女がいた。サッと周囲を見回して彼女の姿を探していた。ほとんど無意識にそんなことをした自分に、内心笑いがこみ上げる。あの少女は、今頃何をしているだろう。最近はどうも、あの可憐な少女のことが以前より強く頭にこびりついてる気がする。

「おい!なに無視してんだよ!」
「すかしてんじゃねーよ!」

そう声が飛んで来たと同時に、背後から小さい物体が飛んで来るのが分かった。面倒な……。小石を見もせずに避ける。

しかしそれがマズかったのか。ますます彼らをヒートアップさせてしまったらしい。仕方なく足元の小石を拾い上げると、飛んでくる小石を打ち落とし、続いて、これから投げようとまだ彼らの手元にある、小石も打ち落とした。

「す…すげぇ」

彼らはもうオレに構う気はなさそうだ。帰らなければ。サスケの面倒を見る約束をした母さんが、首を長くして待っている。


***


今日もいつものように鍛練をした帰り道で、久しぶりにあの少女を見かけることができた。母親と買い物をしているようだった。ふとコチラを見たキミと、目が合う。

「……!」

なんということだ。オレに向けてキミのその口元が弧を描くのをハッキリ見た。

オレも返事をしようとしたがどう返せば良いのかわからず、咄嗟に片手を上げるという愛想のないことをしてしまった。けれどキミは、ニッコリと微笑みかけてくれた。

「……」

母親と帰って行く少女を見送る。人の欲とは、尽きないもののようだ。今度は、あの少女とまた話をしたいと思っている。さっきまでは笑顔を向けてくれるだけで満足だったはずなのに。そんな己自身に溜め息をつくと、家路を急ぐことにした。

「今夜は父さんも母さんも居ないから、サスケのことお願いね」
「わかったよ、母さん」

サスケと二人きりで取った夕食後、サスケを抱いて縁側に出る。心地良い夜風を感じる。

「今夜は満月だ、サスケ」

明るい月夜の下、胸に抱いた弟を撫でながら月を見上げる。

「綺麗な月だな」

……あの子も、見ているだろうか。

「!」

なんだ……?この感じ。すると、赤ん坊でも感じるのか、サスケがぐずりだした。

「大丈夫だサスケ。何があっても、兄ちゃんが守ってやるからな」

優しく声をかけると、サスケの表情がやわらいだ。再び空に目を上げる。

「変な感じだ……」

……ヘンなのは、最近のオレなのかもしれない。キミの事ばかり考えてしまう、自分が。

誰に言うわけでもなく呟いた言葉は、月夜にとけた。瞬間。遠くで轟音がした。

「!!」

立て続けにそこら中で轟音が響き始める。遠くだが、悲鳴まで聞こえ始めた。

サスケを抱えたまま外に飛び出し大通りまで行くと、辺りは大惨事になっていた。家々は壊れ、瓦礫が飛んできて、みなが逃げ惑っている。

「母さん!」

母の姿を捉えて、逃げる人々と逆走する。

「イタチ!良かった、無事で」

サスケを母に預けながら、素早く周囲に視線を配る。

「!」

瓦礫が降ってくる。母さんの真上だ。体を素早く動かし、大きな瓦礫を一人で粉砕する。

「イタチ……!」

下を見て、母と弟が無傷なことを確認する。

「母さんはサスケと一緒に逃げて!」
「イタチ、あなたは!?」

夢中で走り出していた。進行方向には、キミの自宅。

「無事でいてくれ!」

ふいに、母親を呼ぶ声が聞こえてきた。目をやると、缶ケリに誘ってきた少女がいた。

「おい!」
「イタチ、くん…?」
「そこは危険だ!急いでこっちに来い!」

少女がこっちに来た瞬間、今しがた居た場所が吹っ飛ばされた。

「この道を、まっすぐ行くと避難所だ!急げ!」
「い、一緒に……!」
「オレは行けない、急げ!」
「イタチくん!?」

走れ。走れ。早く。早く。早くキミを見つけないと。飛んでくる岩を避け、粉砕し、屋根をいくつも飛び越える。

「……!」

見た。屋根に上った時に見えた。里を襲撃している犯人が、なんなのか。九尾が。里内で大暴れしていたのだ。

オレはすぐに地を蹴った。早く彼女を見つけないと。

「いた!」

進んだ道が塞がり、逃げ道を阻まれてしまったキミの後姿。屋根を飛び下り、キミの前に着地して走り寄る。

「無事か!」
「……!あなたは、」

不安に揺れる瞳がオレを映した瞬間に、キミの表情が安堵で和らぐのをオレは見逃さなかった。

「怪我は?」
「平気」
「ここはもう危ないな。すまないが、」
「きゃ……!」

したことなかったけれど、たぶん出来ると思った。キミを横抱きにして、飛んだ。

「しっかり掴まってろ」
「うんっ……」

ぎゅ、とオレの首に腕が回される。オレの肩に顔を伏せてしがみつくキミを確認すると、オレは走り出す。瓦礫をかきわけ、キミを抱いたまま瓦礫の雨の中を飛んだ。

安全地帯に着くと、地面に下ろしたキミの手を引いて逃げ込んだ避難所は、既に多くの非戦闘員でごった返していた。

「私の親はここにはいないわ。上忍なの」
「では親族を一緒に探そう」

移動しようと少女の手を引くと、くいっと控え目に制止された。どうしたのかと少女を振り返る。

「ここまで連れて来てくれてありがとう。私はもう大丈夫。あなたも、家族の元に」
「オレの家族は無事だ。だからキミの家族を探そう」

そう言うと、キミは驚いた顔から笑みを浮かべた。

「ありがとう」
「行こう」

そうして、少女を無事親族の元まで送り届けた。少女の親族からはとても感謝された。あとは、少女の上忍である両親が無事に帰ってくることを祈るだけだ。

九尾事件から暫く経ち、里内もようやく落ち着きを取り戻しつつあった。だがうちはは、九尾襲撃事件の犯人と見なされ、居住区が里の端っこに追いやられてしまっていた。

父さんやうちはの大人が里に猛反発していることは知っていた。オレはもっともっとと鍛練を重ねて行った。

「イタチ。そろそろ帰ろう、夕食の時間だ」
「……はい」
「ん?毎日鍛練してもまだまだという顔だな」

父さんが満足気にオレを見た。

「さすが、オレの息子だ。まあそう沈むな。明日からアカデミーだ、体を作らなきゃな」

オレは、6歳になっていた。アカデミーに入る歳だ。……両親が上忍と言っていたキミも。明日アカデミーで会えるだろうか。

「諸君は今日から忍者学校の生徒となる。これからはこの学び舎で、日々鍛錬に励み、忍びとしての――――」

アカデミー入学式当日。三代目火影様の挨拶を聞く傍ら。この新入生の列の中で一つ、オレの意識を特別引くものがあった。キミを見つけたのだ。うれしく思う。オレの数列前の左側に、その姿がったる。キミは、オレと違ってちゃんと火影様を見つめていた。

その眼差しを受けている、火影様が羨ましい。

そんなこと思ってしまった自分に、そうとう重症なのでは、と内心自嘲気味に笑いつつ、火影様に目線を戻した。

入学式が終わると、教室へ向かう運びとなった。直ぐに話かけに行こうとあの子の姿を探し、教室まで来ると、席に着こうとしているキミをようやく見つけた。

「、あなたは」

引き留めたのがオレだとわかると、キミは笑顔を浮かべて、オレに向き合ってくれた。

「九尾事件の時は、助けてくれてありがとう」
「良いんだ。キミが元気そうで良かった」

ニッコリとオレに笑顔を向けてくれるキミに、心が晴れ渡る思いがした。

「あなたも忍者になるのね」
「ああ、キミも」

ニッコリと微笑むキミに、オレは見惚れる。なんて可憐な子だろう。

「私たち、もう何度も会ってるのに。名乗り損ねてたね」
「ああ、そうだな。オレは、うちはイタチだ」
「私はうるしユヅキ。ユヅキって呼んでね」
「ああ。よろしくな、ユヅキ」

うるしユヅキ。ユヅキか。名前まで可愛い。オレに微笑みかけるユヅキに、オレも笑みを浮かべる。
二人が、始まる気がした。なんて、数年後に「あの時から、オレはユヅキに惚れていた」と恋人としてユヅキに話せたら良い。……気が早すぎか?

「私、両親も忍者だからアカデミーに入るのずっと楽しみにしてたの」

未来に期待を膨らませるようなキラキラした顔で言う可憐なユヅキの横顔に、オレはまた見惚れるのだった。

これが、オレとユヅキの始まりの物語。アカデミー生活のことは、今度またゆっくり語るとしよう。