ロイヤルティ




「ゲンマさーん!」

オレは額に手を当てる。久々の休日の午後。オレの休息は、唐突に終わりを告げた。
いつもの野郎共(アオバ、ライドウ)と銭湯に行く時間に合わせて準備をしていると、後輩のユヅキが、オレの自宅に現れた。今日はちゃんと玄関から来たんだな。ちなみにいつもはベランダ。

「おう、開いてるぜ」

今日も帰りはオールで飲みの安定コース、じゃなくなるかもな。声をかけると、なぜか遠慮がちに玄関ドアが開けられた。しかしオレと目が合うと、「おじゃましまーす!」と元気よく入ってきた。

「……今なんで一瞬ためらった」
「いや。死んでるかな?と思って」
「2時間サスペンスか!!つかオレ返事したろ」
「あ、そっか!」

額に手を当てること二度目。ヘラヘラ笑うユヅキ。相変わらずのお馬鹿だが、こんなユヅキに想いを寄せる輩は多い。
やたら若くして分隊長になった里抜け暗部とか、やる気と頭脳が反比例の息子さんとか、年中ラーメンばっか食ってるやつとか、分家とか、コピー忍者とか、名前が複数あってなぜか代理隊長してるやつとか、グラサン取ったら無駄にイケメンだったやつとか、綱手様に雑用押し付けれてる片目見えないやつとか……とか。挙げて行ったらキリがない。かなり、いや。ユヅキは、相当モテる。
なのに目の前のユヅキと来たら、えへへー、と笑いながらオレのいるリビングまで上がってちゃっかりソファに座り込んだ。オイオイ……。一人暮らしの、それも男の部屋に無防備に入ってくるなよ……まあオレは紳士だが。だが一人暮らしの男の部屋に入ってくる年頃の女がいるか!……まあユヅキだからな。
ユヅキが来て、本日何度目かの額に手を当てる。

「で、今日はどうした?」
「あ、ゲンマさん。今からお出かけですかー?」

聞けよ人の話。冷蔵庫からポットを出してグラスにほうじ茶を注いでやる。

「ほらよ。好きなんだろ?ほうじ茶」
「ゲンマさんのほうじ茶♪いっただっきまーす!」

ほうじ茶好きのユヅキのために、夏でも冷蔵庫に常備しているまかせろ。美味しそうに飲むユヅキに、思わず頬が緩んだ。

「で。茶飲みに来たわけじゃないんだろ?」
「あ、そうでした。お誘いに来たんです」

ユヅキはほうじ茶の入ったグラスをテーブルに置くと、キッチンに腰を預け、腕組みして立っているオレにさっと向かい合って正座した。ちょ……そんなにかしこまれ過ぎると緊張するじゃねーか。こいつ今から何言う気だ。

「えー、ゴホン」
「………」

なんだよ。

「岩盤浴行かない?」

全然かしこまることじゃねー!オレの返事が待ち遠しくて仕方が無いという感じで、楽しそうにニコニコと待っているユヅキ。つかなんだよ、ガン・バンヨクって

「ユヅキ、これからK-POPか何かのライブでも行くのか?」
「……!?」

ユヅキの元々まんまる愛らしいお目々が、さらにまん丸になった。

「ガン・バンヨク……!?違いますよ岩のほうですよ、岩!岩盤!ゲンマさん、おじさんギャグなんて言うんですねーー!」

突然笑い出すユヅキ。オレはおじさんじゃねー。

「悪かったなおじさんで。こう見えてもピチピチの20代だぜ」

そう言ってやると、床で転げまわっていたユヅキがピタっと動かなくなりオレを凝視した。その顔はもう笑っていなかった。だがあろうことか、ユヅキはまたすぐに吹き出しやがった。

「ピチピチ!!ピチピチとか使ってる時点で若くないですよー!!しかも何ですかそのしてやった顔ー!!」

床で笑い転げるうら若き二十歳であるはずのユヅキ。お前も充分恥ずかしいわ。

「お前だってな、オレのこと最初“ふちかゲンマ”だと思ってたじゃねーかよ」
「きゃああ!!それは言わない約束じゃないですかー!」

ひどいですー!と、今度は怒りだすユヅキ。

「は〜笑った〜……でもあれは、仕方ないです、“しらぬい”だなんて、普通読めません!」
「いや、普通読めるだろーが」
「漢検2級ですー!」
「聞いてねーよ!尚更読めろよ!」

ああ、騒々しい。アオバ達そろそろ待ってっだろうな、とボウッと思う。

「それでゲンマさん!行くのかそれとも行くのか!さあ決めてください!」
「それ選択肢一つ」

あれ、そうですか?とヘラヘラ笑うユヅキ。

「それはそうと、これからアオバ達と銭湯なんだわ。ユヅキも来ればいいじゃねーか。隣だろ?」

そう言って玄関への廊下を進もうとするが、着いて来ていないユヅキを振り返る。

「あの…ゲンマさん。もしかして岩盤浴って……、ハ、ハダカになるんですか……!?」
「いや、知らずに誘いに来たのかよ!?」
「ゲンマさんなら何でも知ってますもん!岩盤浴が何なのか教えてもらいながらしてみようと思ったんですもん!森林浴的なこと想像してましたもん!まさかお風呂のことだなんて思いませんでしたもんっ///」

言ってること無茶苦茶すぎんぞ……

「お邪魔しましたー!」
「あっオイ!」

物凄い速さでオレの部屋から去って行った……。さすが元暗部。ユヅキが飛び出していった玄関を見やる。つかオレも知らねーわ岩盤浴とか。

「………」

あの真っ赤な顔。一応、オレのことは男と見ているらしい。皆よりオレ、一歩リードか?そう思った時にはオレはユヅキの後を追いかけていた。