月を見ながら言う言葉は一つだけ





うちは一族のクーデターをなんとか止めようと奔走したが。ついに上層部から、命が下されてしまった。オレは、今夜。この手で――――

「……………………」

今夜は大きな月が出ている。あとは木の葉の門を超えれば、命令通り抜け忍だ。門の手前まで来た。木の葉を一望できるこの場で、惜しむように双眸を閉じる。

父さんと母さんが足元で横たわる光景を思い出す。うちはの同胞を全員手にかけ最後に向かったのは、両親の元だった。現れたオレにすべてを察してもなお、両親はオレの味方だった……

「……―――」

思い出すのは彼女のこと……。決意したはずではないか。

うるしユヅキ。彼女とはシスイよりも、長い仲だ。加えて、同い年でアカデミー入学前からの付き合い。ユヅキはオレを追いかけるように暗部になると、オレの暗部部隊に配属され、現在に至る。

「……」

実のところ、オレはユヅキを想っている。アカデミーに入る前から。出会った時からずっとだ。

できれば、ユヅキを幸せにしてあげるのはオレでいたかった。そんなユヅキとも、もう。会えなくなるのだな……。


“うちはイタチは同胞を殺して里を抜け、挙句暁に入った、S級犯罪者”


そんな話を聞けば、ユヅキはどう思うだろう。とは言え、うちは一族抹殺が、木の葉上層部からの任務であることを悟られてはいけない。誰にも。

サスケ。うちはの同胞を皆殺しにしても、サスケだけは生きている。弟のサスケだけは殺せるはずもなかった。たった一人の、弟だけは。

「……」

サスケには、オレを殺させる目的を持たせた。サスケは強くなる、まずは大丈夫だろう。だが、シスイ。オレはお前も守りたかった。兄のように慕った、うちはシスイを。

「……」

ユヅキの顔がどうしてもチラついて、ため息をついた。額に手をやる。心を強く持て、そう己に言い聞かせる。既に心を決めていたはずではないか、と。

シスイの言葉を思い出す。

≪これからのお前は、暗く辛い道を歩むことになるかも知れない。そんなお前の隣にいてやれないこと、申し訳なく思う。それでもオレは、お前が道をはずれることなく、木の葉の忍として進んでくれると、強く信じている。だからこそ託せるんだ。オレの意思も……万華鏡もな。ふー……いろいろありがとうな……オレの道はここで終わる。だがそれがお前の糧となり、新たな力となる。さあイタチ……今がその時だ。己の手で己の道を拓いて見せろ。お前なら、できるはずだ。じゃあな親友。後は―――任せたぞ≫

そうしてシスイが身を投げた、あの光景……。親しい人物の死を目撃して開眼した、万華鏡写輪眼。その双眼を開けると、オレは闇夜を走り出した。

安心してくれ、シスイ。お前の意思はオレが引き継ぐ。オレの選んだ道を信じて進む。それが里の未来に繋がると信じている。そして弟を、うちはを救うことになると。そのためにオレは、この眼と共に闇を歩くよ。……ユヅキ……サヨナラだ……

「!」

仕方なく、足を止める。ユヅキのいる方角を見やる。

別れを決意した瞬間に現れるのだからな……。月をバックにしている逆光のため、ユヅキの表情は見えない。電柱の上だ。先ほど、アカデミーから帰ってくるサスケに己がして見せた光景とリンクした。

「っ!」

見ていると、ユヅキが思わぬ行動に出た。ユヅキはふいに立ち上がったと思ったら、なんと壁を超えたのだ。

重罪だ。里の許可なく里の外に出ることは。それなのにユヅキはひらりと、まるで何でもないように。

「ユヅキ……!!」

これでは里抜けではないか!慌てて後を追う。

ユヅキ、と呼び、追い付いた彼女の忍とは思えない細い手首をつかんだ。

「……!」

掴んで引き寄せ、月明かりに見えたユヅキの表情に。オレは思わず息を飲む。頬を濡らして月明かりできらめくユヅキの頬に残る、涙の跡があった。

「……何を、している」
「“任務”です」
「!」

ドキッとした。彼女には、こういう妙に的を得ているところがある。ユヅキが覚悟を決めてここに立っていることを理解する。

「……こんな時間に、任務で里を出るわけがないだろう」

すっとぼけて見せたところで、ユヅキ相手に効果はないことは分かり切っていた。

「……」

ふいにユヅキが俯いていた顔を上げて、オレをじっと見つめた。目の前で、オレと再会したことでどうしようもできず再び溢れる涙を我慢するユヅキの姿に、オレはどうしようもなく心が乱れた。ただユヅキを見つめる。

「……ワガママを許してください……」

ついに決壊し溢れる涙ながらに訴えるユヅキの姿に、オレは目をそらせなくなる。

「イタチさんは、一人じゃないんですよ」

一生懸命、泣かないよう我慢する声。

長い付き合いだ。それくらい分かる。ユヅキはこれまで、その小さな体には大きすぎる忍としての任務と、負担を、優秀なまでに全うしてきた。それは一番長く近くで見て来たオレだからよく分かる。

今もこうして、若干13歳とは言え小さな体に見合わない新たな負担を背負うべく、オレに嘆願している。

ユヅキを連れて行ければどんなに良いか。何度思ったことか……

「そんな風に泣くな……」

綺麗な泣き顔を晒すユヅキは、まるでオレの感情の鏡だ。

「泣いて、ません……グス、……これは、イタチさんの涙、です……!イタチさん、のかわり、に、私が、…、」

オレの手が、まるで引き寄せられるように持ち上がった。限界だった。迷うことなくユヅキの瞳から溢れる大粒の涙を、優しく親指で拭う。驚いたユヅキが、その濡れた瞳でオレを見上げている。

「オレの涙を流すなら、この涙をぬぐうのもオレの役目、という訳だな」

そう言えば、うれしそうにはにかむユヅキが、愛おしくて仕方がない。

「ユヅキ……」

ユヅキの濡れた頬を、両手で優しく包み込む。夜風にあたって少し冷たくなっているユヅキの顔を上げさせて、正面からユヅキの顔を覗き込む。

「ユヅキ……今宵は、月が綺麗だな」

オレがそう言った瞬間、ユヅキはオレの胸に飛び込んできた。

ユヅキの表情が華やいだのを、見逃すオレじゃない。そんなユヅキを抱きすくめる。腕に閉じ込めたユヅキが、ぎゅう、とオレの胸に顔を埋めた。

きつく、きつく。抱き合う。

「ユヅキ……」

呼ぶと、ユヅキは顔を上げてくれた。

「どんな時だって。私は、あなたと共に」
「……!」

ユヅキが、オレに全幅の信用を寄せてくれている。

これ以上ない、彼女の最高の言葉だ。

「まったく……そんなだから」

これ以上ないほどユヅキが愛おしくて。その細い体を抱きしめた。もう二度とユヅキを離しはしない。

シスイの言葉が蘇る。

「これからのお前は、暗く辛い道を歩むことになるかも知れない……そんなお前の隣にいてやれないこと……申し訳なく思う」

そうだな、シスイ……だが、オレの隣にはユヅキが、これからも変わらず居てくれる。

腕の中にいるユヅキを見やる。

「……今のうちに、行きましょう。イタチさん」

そう行って、あたりを警戒してオレの腕を引くユヅキ。

「ああ」

オレは間違っているか……シスイ?結局ユヅキを手放せず、ユヅキを連れて行こうとしている。だが安心してくれ、シスイ。ユヅキはずっとオレの隣にいる。ユヅキを連れてオレは。己の道を拓いて見せるよ。