生物学的自然摂理




オレは傀儡の体だ。生身のところなんて、胸の一部分だけ。ユヅキと出会ったのは、傀儡になってからだが、いつしかユヅキへの恋心を自覚していった。生身だったら、と思ったことは一度や二度ではない。それでも良い。ユヅキがほしい。だがユヅキはイタチが連れてきた女だ。そうだろうと構わない。隙さえあればイタチからユヅキを奪ってしまいたい。

「イタチさん、見てください!今日小南さんとショッピングに行って小南さんみたいなヘアアクセを買ってもらっちゃいました!可愛いですか?」
「ああ、可愛い。ユヅキによく似合っている」
「えへへ〜イタチさんにそう言ってもらえると嬉しいです」

二人が人目も憚らず、暁アジトでこのような会話を繰り広げるのは、よく見る光景だ。オレは、ユヅキのその笑顔がイタチに向けられているのを目にする度にギュッ、と心が締め付けられるのだ。とうに心なんというものは、持っていないはずなのに。
とっくに傀儡となった身体。時間とともに、ユヅキへの気持ちは増す一方だ。イタチなんてやめてオレにしておけよ。
そのとき、リーダーがやってきた。リーダーは、普段は暁アジトにいない。どこにいるかなんて興味ないが。全員の視線がリーダーに集中する。

「チェンジだ。ユヅキ。今日の任務はサソリ、デイダラから変わって、オレに付け」
「「ちょ、」」

なんということだ。デイダラと声がかぶってしまった。

「了解しました、リーダー」
「おい」

物分かりが良すぎだぞ、ユヅキ。ジロリ、と視線を向けるも、ユヅキはきょとんとしている。かわりに、デイダラがまくしたて始めた。

「快く了解してんなよ、ユヅキ!つかリーダー!冗談じゃねーよ!今日はユヅキはな、任務のあとオイラの新しいスコープ探しに付き合って……付き合……っ、」

おい何照れてる。付き合うという単語一つで赤くなるとは。それにセルフ言葉攻めかよ。

「付き合……っ、とにかく!約束があるんだからな!ウン!」

なんだとデイダラ。聞き捨てならない。

「文句があるのか?」
「「文句しかねえよ」」

相変わらず無表情なリーダーに、デイダラに加わりオレも水を向ける。

「大有りだ、ウン!リーダーは、単にユヅキと組みたいだけじゃねえかよ!こんなの横暴だ!ウン!」

珍しくまともなこと言うじゃねえかよ、デイダラ。だがユヅキをデートに誘った件は、後で血祭りコース決定な。

「つかリーダーは小南どうしたんだよ!?小南が居たらこんな横暴許されねーぞ!ウン!!」

まあな。小南がいたらその場でリーダーは血祭コースだろうな。

「あ……それが、」

ユヅキが口を開いた。ユヅキの小さいが通る声音に、オレは反射的に全集中する。

「小南さんは体調不良です。人込に酔ってしまわれたようなんです。私さっき、最寄りアジトまで送ってから帰ってきたんです」
「そ……そうか。具合悪いなら仕方ねえよな……ウン」

おいおい、デイダラ。そこ怯むなよ。お前はユヅキのイエスマンか。つか小南が居ないのを良いことに、横暴すぎるぞクソリーダー。お前らユヅキに群がるな。散れっ。散れっ。

「ハァ……いいかお前たち。オレとユヅキが組むのは、暁にとって最優先事項だ」

ちげぇだろ。暁なんの集団だよ。

「暁終わった。アホなリーダーが自らブッ壊してな。ウン」
「異論は認めん。普段通りサソリとデイダラはツーマンセルだ。話は以上だ」

クソリーダーだな。ユヅキも行くぞと言われてはいって着いて行くな。

「ユヅキ!オイラのスコープ今にも壊れそうなんだ!今日行かなきゃダメなんだ!ウン!早めに切り上げて戻ってこいよな!?外泊なんて許しません!」
「お父さん!?」

ユヅキが反射的に振り返ってデイダラにツッコミした……。

「残念だがデイダラ。今日はそのスコープ探しとやらは無理だ。帰りは明日になるからな。お前には小南を頼む」
「くっそまじくっそ。小南に言いつけてやる!ウン!」

子どもか。やめろみっともない。

「デイダラ……約束守れなくなりそう。ゴメンね」
「なっ……ユヅキは別に悪くねーよ!」

しゅん、として謝るユヅキ。そんなユヅキを見て、オレは決心する。そう、悪いのはすべてクソリーダー。暁は、ユヅキバカが多い。ああ大馬鹿共だよ。ったく。
―――原因不明の爆発と毒による痺れで、リーダーは暫く動けずリーダーのどうせろくでもなさそうな計画はとん挫した。


***


「ユヅキ、腰はまだ痛むか?」
「もうだいぶ良いです」
「そうか……だが、今日は安静にしていろ。任務はオレと鬼鮫で行ってくる。悪かったな、昨夜は無理をさせた。だがユヅキを見てたら、どうしてもな……」
「イタチさんは悪くありません。私もしたかったですし」

なんだこの会話は。卑猥な連想をせざるを得ないやり取りだな。しかしオレは真実を知っていた。昨夜ユヅキは、格下であるはずの敵の攻撃で、腰を火傷したのだ。任務を完遂させようとするユヅキの姿勢に、イタチは尊重して、結果腰を負傷してしまったという訳だ。イタチは悔いているだろう。

「イタチこの野郎羨ましい!!オレがいただきたかったのに!ユヅキの処jグハァッ」

デイダラを一撃で沈める。

「オイ、ざけんなデイダラ」
「旦那ァ!!さっきの会話聞いただろ!イタチの野郎許さねえ……ッ!オイラがいただくはずだったのに羨まs……ギャアアァアアアア!!!!」

ああ、イライラする。

「ユヅキ、できることなら傍にいてやりたいが……いいか、くれぐれも安静にしているんだぞ?急いで帰ってくるから。それまで、いいな。行ってくる」
「はい、イタチさん。行ってらっしゃい」

ご懐妊の新妻か!!出かけるイタチを、暁アジトの出口まで行って姿が見えなくなるまで見送るユヅキ。健気か。ああ、悪いなユヅキ。オレはもう我慢できそうにない。

「きゃっ……サソリさんっ!?ビックリするじゃないですか……」

戻ろうと振り返ったユヅキが直ぐ背後に居たオレに驚いた。

「傀儡の手入れを手伝え」
「え」
「お前が先日ひっくり返した薬品(ボソ」
「も、申し訳ありませんでした!お手伝いさせていただきます!……でも、今日は、……その……」
「傀儡にされてーのか」
「手伝わせていただきますっっ」

こんな風にしか言えないオレが歯がゆい。ユヅキはこの脅し文句でたいがい言う事を聞く。オレはそんな方法で、ユヅキとの時間を無理矢理に作っている。だがそうして作っていた時間で数日前、ユヅキに傀儡の油さしの手伝いをさせていたら、不注意なユヅキが薬品をひっくり返して部屋中にまき散らしやがったのは本当。

「あの、サソリさん……?今日はその……傀儡のお手入れはせずに、お片づけだけでも良い、ですか……?』

遠慮がちにオレを見上げてくる上目使いの、可愛いこと。

「……それはお前次第だな」
「ありがとうございます!」

ちゃきちゃきしますよー!と張り切るユヅキに、おいまたコケるぞと声をかける。

「コケたりしませんよ!」

宣言通り、見る見る片づけて行くユヅキの横顔を盗み見る。とても可愛い。癒される。まあるい額、大きな瞳、ぷるりとした形の良い唇。オレのとこに来いよ、イタチなんて忘れさせてやる。なぁユヅキ。

「ユヅキ、そのビーカーは棚の上のほうだ」
「はい、ここですか?」
「違う一つ上だ」
「うー、届きません」

ユヅキから受取り、定位置に戻す。

「ありがとうございます。サソリさん、これは?」
「ん?これは……ユヅキ、危なッ」
「きゃ……!」

ユヅキの頭上に薬品の材料が入った箱が落ちるのを、ユヅキの頭を抱き寄せ、自分の体でかばう。枝やらなんやらを、背中に感じる。ドサドサと足元に落ちた。

「……平気か?」

腕の中のユヅキの様子を伺う。

「あ……すみません!かばってくださって、ありがとうございます」

オレの腕の中で両手で頭をかばい、オロオロしているユヅキ。腕の中のユヅキの感触がやわらかくて。でも細っこくて。いい匂いまでする。傀儡の体では分かりもしないはずなのに。好きな女をこの腕に抱きしめる。離したくなくなってしまうじゃねえかよ……

「サソリさん…?」

むしろギュ、と腕に力がこもるオレに、怪訝に思ったのかオレをまじまじと見上げてきた。……もっとオレを男だと思って警戒しろよ。ユヅキの耳元に唇を寄せる。ユヅキのやわらかな匂いが、オレの鼻孔をくすぐる。

「ユヅキ……お前……」

“オレのものになれよ”

「……今度やらかしたら、傀儡な」
「ヒッ」

固まったユヅキを、腕から解放してやる。

「気をつけて片づけろよ」

ユヅキから離れ元の位置に戻り、どかり、と腰を下ろす。ユヅキは固まったままだ。チッ。惜しいことをした。あのままユヅキを奪うこともできたはずなのに。だがオレはそうしなかった。無理やりなんて、不本意だ。ユヅキ、オレがほしいのがお前の体だけだと思うか?
オレの体は傀儡だ。だが時間をかけて見せるさ。覚悟しておけ。