新兵


両親は、調査兵団員同士の恋愛結婚だった。二人とも優秀だったと聞く。

母は私を妊娠した時に休職し、妹が物心つく頃に兵士に復帰した。そして復帰して最初の壁外調査で、殉職。父もその時に母をかばって、殉職した。

母は、長く兵士から離れていたため自身がナマっていることは承知の上で、万年人手不足なため参加するほかなかった、すまない、と。兵団からは説明されたのだった。納得できる訳がなかった。

血の付いた“自由の翼”の紋章だけを渡されて「ご両親だ」なんて言われても。虚しいだけだった。

「………」

止むことのない霧雨。
お葬式の日、黒い傘で囲まれて。私に抱き縋って泣く小さな妹の肩を抱いて、もう会うことの叶わなくなった両親の墓前で、私の枯れた涙の跡の残る頬に雨雫が流れる。

―――両親は、残酷だと思った。

私と妹をこさえた時点で、調査兵団をやめてほしかった。ううん、家族を持つなら結婚するときに、調査兵団をやめてほしかった。違う、もっと前。そもそも、調査兵団になんて両親にしてほしくなかった。

「………」

悲しくて。辛くて。両親の墓前で、そんな考えばかりが頭を巡った。しかしせめて、お葬式の日くらいは赦してほしい。そのかわり明日からは、この地に人間として生を受けたからには両親は人として、本懐を遂げたのだと思うから。私と、妹に。命のバトンを渡したのだと思うから。

「……………」

今度は私が、次世代に繋ぐ番。子を生み育てるのは、それを望む人々に任せれば良い。私はそんな人々を、巨人から守る兵士になろう。

《元気?お見合いをすっぽかしたと人づてに聞いたわ。あなたの人生は、あなたがしたいようにするべきよ。だから断ったって、お姉ちゃんは叱ったりしないわ。でも、おばさん達の気持ちを蔑ろにするようなことをしてはダメよ?断るなら、それなりの誠意をもってお断りしなさい。
忘れないで。あなたにとっての幸せを掴むことをお姉ちゃんは望んでるわ。あなたにとっての幸せなら、結婚をしてもしなくても、どちらでも良い。世間がどうとかよりも、あなたのしたいことを選んでほしい。それがどんな道でも、お姉ちゃんはあなたを応援するからね。》

暇を見つけては書く妹宛の手紙。綺麗に畳んで封筒に入れ、調査兵団の封蝋を施すと、調査兵団本部の門にて郵便屋さんに託した。郵便屋さんの後ろ姿を見送りながら、私の近況をまた書き忘れてしまったことを思い出す。

「私の事ばかり書かないで、お姉ちゃんの事も書いてよ!」と以前に不満をたれていた妹の顔が浮かんで、思わず笑みがこぼれた。

「なに1人で笑ってんだ気色悪い」
「きゃ!」

突然真横から聞こえた声に肩が飛び上がった。兵長だった。そして反射的とは言え、兵長から思わず距離を取ったことを直ぐに後悔することになった。

ツカツカツカ、と詰め寄ってくる兵長から後退した私は、石造りの廊下の壁に背中を押し付けることとなった。……この人ってかなりこわいと思う。

「なに距離取ってやがる」
「驚かされたのですもの!反射的です!」
「ほう、口答えとは成長したな。シャーロット」らか
「ってなんでキスしようとしてるんですか!やめてこんなところd」
「お2人さ〜ん。〜んな往来で昼間っからなーにやってんのォ〜?」
「「!!!!」」

ハンジさん!助かった、と飛び退くように兵長から離れる。ハンジさんからは、私と兵長が恋仲だと疑われている。完全なる誤解であるのに……。しかし、今の出来事によってハンジさんの疑いはまた深まってしまわないか不安になる。

「良いんだよう?今しようとしていたことの続きをしても。こんな往来でおっぱじめようってんなら、私が見ていてあげるからさァ」

とても良い笑顔だ……

「誤解なんです!ハンジさん!信じてくださいっ」
「おいクソ眼鏡。お前が見てたらできない」

否定をしろお

「あっそうか〜!ゴメンね?声かけずに黙って見てればよかったんだね!柱の陰から!」

そう言ってコリント式の立派な柱の後ろに隠れて見せる、楽しそうなハンジさん。

「ハンジさんっ!」
「あはは!今度からそうさせてもらうよ!あ、でも今からエルヴィンのところに行くんだ!だからするときは声かけてね!飛んで行くから!」

それだけ言ってハンジさんは行ってしまった。ほとんど言い逃げではないか……。

「………」

なんでこんなことに。私は兵長から離れてフラフラしつつ歩き始める。

「シャーロット。ついに公になってしまったな」
「……なぜ着いてくるんです」
「ふん、照れてるのか。まあ俺もこのタイミングでバレるとは予想外だった」
「いや、有ること無いこと……いえ、無いこと無いこと言わないでください」

私はと言うと、ただいま調査兵団の新兵。妹への手紙に、まさか人類の希望である最強の兵士、リヴァイ兵長から、ストーカーで悩まされてる日常だなんて書けない。人類の希望の光なのに!
そもそも、私と兵長の出会いは訓練兵時代。忘れもしない……立体起動の初歩の初歩のあの時間。

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「まずは貴様らの適性を見る!両側の腰にロープをつないで、ぶら下がるだけだ!!全身のベルトで体のバランスを取れ!これができない奴は囮にも使えん!開拓地に移ってもらう!」

私が教官の指示通りに両腰にロープをつないで、ぶら下がって安定した時だった。

「これはまだ初歩だが、この段階から立体起動の素質は見て取れるな」

直ぐ真横で聞こえてきた声に目を向けて、驚いた。

「リヴァイ……兵長!?」
「まったくブレが無いな。何をどうすれば良いのかすべてわかっているのだろう?素質とはこういうものだな」

なぜ調査兵団がこんなところに居るのか、仕事は?など、諸々はさておき。人類最強の兵士と有名なあのリヴァイ兵長が、目の前で顎に手をやりうんうんと真顔で頷いていた。現場は一時騒然としたが、リヴァイ兵長はつまみ出されて事態は終息したのだった。
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「本当になんで居たんですか。壁外調査や他のお仕事とか……」
「シャーロットよ。俺たちの出会いが本当に立体起動の基礎の基礎の時だと思うか?」
「え……?」

またおかしなことを言うのだろうかと、リヴァイ兵長の顔をまじまじと見る。まじめな顔だ。ううん、この人にとってはいつもまじめなのだろうけれど。

「あの日は雨だった……お前がご両親の墓前でまだ幼い妹を抱きしめながら、兵士になると誓った葬式の時だ」
「ロリコンストーカーかよ」

サァッと血の気が引いた私は、兵長から逃げるためにトイレへ逃げ込んだ。自室に逃げ込むのはキケン。「ベッドがあるところへ行くとは積極的だな」とか意味不明なこと言って兵長が私の足を割るようにして覆いかぶさってきたことがあったのだ以前。最低だ。

「おいシャーロット、トイレに籠城してないで出てこい。会議が始まる。調査兵団の全体会議じゃない。次の壁外調査でリヴァイ班は単独任務がある。お前だけ聞けなくても良いのか?」

会議なんて絶対ウソだ!

「そのことですが!そもそも私がリヴァイ班なのもまさか……兵長が?」
「……いや、エルヴィンだ」
「間ぁぁぁあ!!」

人になすりつけた!!

「おーい!リヴァイ。会議に行かなくて良いの?てかここ、女子トイレだけど?」
「クソ眼鏡……」

ハンジさんの声。会議って本当だったんだ……

「あっまさか、中に入っているのはシャーロット?うわ。ちょっとリヴァイ〜……女子トイレまで押し掛けるのはいただけないよぉ?正直ドン引きものだわ〜」
「おい邪魔するなクソ眼鏡」
「否定しないんだ?キモ……おーい、シャーロット!居るんでしょう?私が一緒にいたげるから、会議に行きなよ〜」
「ありがとうございます、ハンジさん!!」
「おいシャーロット」

トイレから出てハンジさんの元に避難もとい駆け寄る。兵長は放って、会議室へハンジさんと移動する。まったく。兵長こんなことばっかりしてて。遊んでないで仕事してほしいものです。