人生何が起きるか分からない




【侍の国】

そう呼ばれていたのは今は昔の話。

「おっ可愛い」
「ねね、お姉さん。どこ行くの〜?」
「ね、俺らとカラオケ行こうよ」

寄ってきた男達に道を塞がれ、止むを得ず止められる足。

「急いでいますので……」
「そんなこと言わずにさ!」
「楽しいよ!遊ぼうよ〜」

歩き出そうとした途端、一番背の高い男の人に肩を抱かれる。

「やめてくださいっ」

男の人の腕を振り解き、走ってそばのお店に飛びこむ。後方を確認すると、男の人たちは追いかけて来てはいないようだった。ホッと息をついて、別の入り口から店を出る。
ああ。嫌だ。どこ行くの?と聞かれて「あなたのいないとこ」くらい正面切って言いたい。

「な、見ろよ」
「え、まじ?超可愛い」
「オレ声かけちゃおっかな」
「いやオレが」
「ふざけんな、オレが」
「お前ら自重しろ、オレだ」
「あの〜お姉さん綺麗ですね。そこのスタバでお茶でもしませんか?」
「あっお前!」
「いやいや、オレと!」
「いやオレと!」

……。さっきとは別の人たち。今時そんな誘い方するなんて驚いた。今来た道を逆走するために、踵を返す。
胸の下まで伸ばした長い髪の毛が、ワンテンポ遅れてその背中にはらりと舞った。

「あーあ、行っちゃったじゃん」

後ろで言っている声が遠くに聞こえた。

「…!Σ」

ふと、隣を並走している人がいることに気が付いた。スーツで、チャラそうな男の人。

「ねね、きみ何歳?18歳?なら全然いいよ!うちのお店ね、1時k」

もうダッシュで逃げた。何も言ってないよ!やだもうぅぅ!
気がつくと、普段来ないところまで来てしまっていた。見慣れない風景。取り敢えず戻ろうと、シックな街灯が印象的な十字路を曲がる。
たまに思うことがある。武士道が、侍が。21世紀にも健在だったなら。

「……あれ?」

思わず立ち止まる。街灯を曲がった途端に、江戸時代のような木造の建築物が軒を連ねている景色に変わっていた。
地元に居たはずなのに……。
地面は整備された石畳はどこかへ消え失せ、砂地。道行く通行人は、着物に草履。ハイクオリティどころかリアリティな髷は、まさかの自毛……!?

「……」

コレの示すことは。太秦映画村でも、もちろんテーマパークでもない。どう見ても……

【侍がいる時代】

思わずその場でへたり込む。
いや、でも、だとしたら、だとしたら……っ


幕末なら嬉しすぎて吹っ飛びます。


などと一瞬舞い上がる頭を、フリフリ。
ぎゅっと目をつぶって、ゆっくりと開ける。二、三度瞬きをしてよく見ても、見える風景はTHE★江戸。
まあ、見間違いでした、を本気で期待していた訳ではないけれど。
振り返って後方を確認する。さっきまで歩いてた風景なんてもちろん無く、京都太秦映画村のような木造建築物が軒を連ねている。もう一度あの街灯を逆に曲がりなおせば戻れるなんて期待は、見事に打ち砕かれたのだった。同時に、サァァーーっと血の気が引いていく。
異世界に迷い込んだ、ということだろうか。いや、思うほかない。見知った街の街灯を曲がった一瞬の間に、一体何が起きたというの……

「…、」

ふと、行き交う人々が私を見ていることに気が付いた。なにやら囁き合い始めている。
これって、まずいのでは。いや、寧ろ確定的にまずい。着物の人々の中に私一人、洋装は浮きまくりだもん。もし通報でもされたら、ありのまま話しても信じてもらえるわけがない。私はなんと説明すれば……?

「…………ッ」

パッと立ち上がる。青ざめたままバッグを胸の前でギュ、と抱きしめると、最初に視界に入ったひとけの無さそうな脇道へ身を滑り込ませた。

「ゎぷ!」

小道に入った瞬間、派手に人様にぶつかった。

「す、すみまs、……!!!!!!!!!!!」

乗っかっちゃってるゥゥゥゥゥゥゥ!
私っ、知らない男の人の上にっ、というか跨ってる!!
なんでこう立て続けにハプニングが起こるかな?!

「す、すみませっ、……!?」
「まあ、待てよ」

急いで降りようと腰を浮かそうとしたら、腰を押さえ付けられた。相手のお腹の上に再戻り。
ってまるで痴女!?
どういうつもりかと相手を見ると、若い男のようだった。髷ではない現代の男性のような降ろされた前髪が、片目を覆った頭に巻かれた包帯にかかっている。顔は整っていて正直美形だった。それでも、狂気じみた笑みを浮かべる目を見た瞬間、体が恐怖ですくむようで……。
私の腰から手を離せ単なる変態さん!!
逃れようと試みるけれど、すごい力で呆気なく押さえつけられる。

「ちょ、やだっ、離して!」
「ほう……上玉だな……歓迎するぜ?」

私は菓子折り付けてお断りします!!無駄にイケボな変態さんーー!!

「そう暴れるな。落ちつけ…」

男の人が上半身を起こしてきた。お腹の上に乗っているために、強制的に至近距離で正面から向き合う体勢になる。
って見知らぬ男と真昼間の往来でなんてことを。
そんなことは何のその、男の視線は私の頭のてっぺんから足の爪先までゆっくりと眺められた。
……あぁ。こんな変態とエンカウントするくらいなら。警察のほうがマシかもしれない……。

「は、離してくれなきゃ、私ッ……大声出しますッ」
「それはお前が困るんじゃねェの?その珍味な格好……」

ち、珍妙……!?
って、それよりも驚愕的な事実を発見してしまった。
この変態さん、長い包丁さしてる!腰に包丁さしてる!侍の魂さしてるゥゥゥ!!
私はいい加減めまいがした。

「……ワケアリってんなら」

随分余裕そうな態度で目の奥を見つめられて、身動きができなくなる。

「俺ンとこ来るか?」

地面にあった男の左手が上がる。その流麗な手つきに、目が吸い寄せられてしまう。

「後悔させねェぜ……?」
「ッ……」

顎をすくい上げられ、ぐっと至近距離まで顔を近づけられる。うそ、キスされる……

「―――こんな真っ昼間から盛ってんなァ高杉ィ」
「!!」

男の雰囲気がガラリと変わった。
一瞬だった。爆音と、「追えー!!」と言うたくさんの男の人の声と、轟音。

「……」

あの男は消えていた。かわりに、薄い亜麻色の髪のカワイイ顔をした若い男が、私の顔を覗き込んでいることに気が付いた。

「もう大丈夫ですぜ?」
「……あなたたち……は……」
「警察だ」

終わった