着付けは大和撫子の嗜み




「中京小夜と申します」

私は上半身を起こして布団に座り、二人が私の脇に座った。
二人に、これまでの経緯をお話する。
此処の世界の住人ではないこと。
幕末の新選組と勘違いしてしまったこと。
戻り方がわからないこと。
行くアテもないこと。
そして、この世界のことを何も知らない不安を。

「信じられないかもしれませんが……」

話し終えると、暫く誰も口を開こうとはしなかった。私は不安な表情は隠すこともできず、俯くことしかできない。不安で押し潰されそうだった。
しかしこの静寂を破ったのは、私が沖田総司と勘違いした彼だった。

「土方さん。小夜を此処に置いてやれませんかねィ?今の話聞きやしたでしょう?小夜が可哀想でさァ。それに、また輩に絡まれるかもわかりやせん。俺達の目の届く所に置いた方が安全じゃねえですかィ?」
「お前に言われるまでもねーよ」

そう言ってくれた土方さんは、スクッと立ち上がった。土方さんを、私と沖田さんの視線が追う。

「小夜は真選組預りとなるよう、近藤さんに話してみよう。幸運にも俺らは警察だ。お前の帰れる糸口を見つけられるかもしれねぇ」
「……!ありがとうございます……!」

泣きそうになる。土方さん……なんて頼もしいんだろう。

「まずは部屋だな。案内する。山崎!」
「はい!」

土方さんに呼ばれたらすぐに現れた。……やたら地味な青年。

「部屋に案内してやってくれ。確か日の辺りの良い角部屋が空いてた」
「はい、副長!」

やたら地味……って失礼か。
山崎ということは、山崎烝だろうか。でもこの銀魂の世界は、みんな名前が微妙に違ってるから違う名前なんだろうなーなんて思いながら。山崎さん誘導されて、屯所内を移動する。
途中、通りかかった庭が、なんと枯山水だった。
史実の新選組とは、随分暮らしが違うみたい。史実の新選組発祥の地であった八木邸は、一般の民家から部屋を間借りしていた。此処の施設は、幕府から正式にこの新選組のためだけに新しく作られたような武家屋敷という感じだった。
銀魂の世界の新選組は、一警察組織らしい。きっと敷地内には蔵もあって、捕まえた不逞浪士達を閉じ込めておく、専用の牢屋もあるのだろうことが想像できる。山崎さんが現れる前に聞いた、二人の名前の話を思い出す。
沖田総司は、沖田総悟。土方歳三は、土方十四郎。銀魂の世界は、史実とはかけ離れたまったく別の世界だと、土方さんと沖田さんの話から理解したのだった。

「小夜ちゃん、だね?俺、山崎退」

地味だけど明るく山崎さんが言った。なるほど、ススムだからサガルなわけだと静かに思った。

「中京小夜と申します。……サガルさんは、どういう字を書くんですか?」
「興味持ってくれるの!?えへへ、退くって書くんだ。珍しいでしょ!」
「はい。一度聞いたら忘れませんね」

二人で笑いあう。

「着いた。小夜ちゃんの部屋は此処だよ!」

にこにこと笑う山崎さんが手で示した部屋は、なんと十二畳もある部屋だった。八段箪笥、姿見、屏風、衣紋かけまであった。このくらい大きな武家屋敷なら、女中さんも何人も居るんだろう。
差し詰め、女中部屋といったところか。

「広いお部屋ですね」
「でしょ!此処は小夜ちゃん専用の一人部屋だよ!」
「えっすごい!いいんですか?」

こんなに待遇よくしてもらえるなんて。

「ここにいる間は、俺たちを家族のように思ってくれて良いからね」
「ありがとうございます」

史実の新選組幹部でも、自室なんて無かったのになぁ……

「皆さん、こんなに大きなお部屋をお持ちなのですか?」
「幹部だけはね!」

なんと銀魂の新選組は、とても優遇されてるらしい。

「ちなみに、何人か仲居さんがいるけど、全員住みこみじゃないからね!」

なるほど……ここ新選組が、奉公先になっている人もいるということだろうか。山崎さんの話に頷いて相槌を打つ。

「山崎さんは、何でも知っていそうですね」
「わかる?俺は監察だからね!」

史実でも、山崎烝は諸士調役兼監察方だった。

「おーい山崎」
「あ、副長が呼んでる。何かあったら言ってね」
「ありがとうございました、山崎さん」
「いいのいいの!」

去って行く山崎さんの背中を見送る。部屋に入りバッグを部屋の隅に置くと、障子窓を開けた。窓から入る風が心地良い。とても良い部屋まで与えられて、新選組には感謝だなあ。

「小夜」

声に振り向く。庭から来た縁側に、総<悟>のほうの沖田さんが立っていた。パンツのポケットに両手を入れたまま、沖田さんは縁側に腰をおろした。

「部屋は気に入ってもらえましたかィ?」
「うん、とっても」
「それは良かった」

彼は靴を脱ぐと(やっぱり草履や下駄じゃないんだ……)、足を上げてこちらを向きながら縁側で胡坐をかいて座った。

「ところで、小夜は何歳ですかィ?」
「18だよ」
「まじですかィ。俺と同じでさァ」

小夜は幼く見えますねィ、と彼は言った。よく言われるの、とくすくす笑う。

「沖田くんは20代だと思ってた」
「沖田じゃなくて、名前で良いでさァ。俺も小夜って呼ぶし」
「うん、じゃあ総悟くん」
「……」
「あ、ごめん。嫌だったかな……?」

総悟くんは首を振った。

「そうじゃないでさァ。久しぶりな呼び方だったもんで、昔を思い出して」
「昔?」
「姉上でさァ」

史実でも沖田総司には、おミツさんという年の離れたお姉さんが居た。

「小夜は兄上が居そうだねィ。可愛がられてそうでさァ」
「なぜかそれもよく言われるんだけど、妹がいるの。私がお姉ちゃんだよ」
「えー小夜のほうが絶対妹でさァ」
「絶対〜?」

総悟くんの発言におかしくて笑う。

「ですからねィ。小夜は知らない土地で不安なことも多いと思いますからねィ。真選組が助けてあげまさァ。何があっても、アンタは俺が守ってあげますぜ」
「総悟くん……」

急にまじめに言いだす総悟くん。思わず目を細める。視線が交わると、総悟くんは縁側から立ちあがって部屋へ入ってきた。
総悟くんは私の目の前で止まると、ジッと私を見下ろしてきた。近くで見ると、思ったより背が高かった。史実の沖田総司は、当時男性の平均身長が160cmの時代に175cmと大男だったらしい。

「脱ぎなせェ」
「Σ」

思いもよらない言葉に硬直した。


***

「…………」

どうしてこんなことになったのか。
私は、自分のブラウスのボタンに指先をかけている。目の前で、総悟くんに見られながら。

「……」
「……」

部屋は、総悟くんが絞めた障子と襖で太陽光が遮られ、日本家屋らしく昼間でも薄暗い。チラと総悟くんを見ても、総悟くんは微動だにしない。私は諦めるしかないと、短く息をはいた。
プツリ、プツリと。上からブラウスのボタンを外していく。開いていく胸元が、外気に触れる。

「……」

総悟くんの、視線を感じる。そうして、最後のボタンを外した時、総悟くんが私の背後に回った。怪訝に思いながらも肩からブラウスを下ろした瞬間だった。

「これはなんですかィ?」

ブラ紐に指をかけられ、ピン、とはじかれたのだ。

「ッ、……下着、」
「脱ぎなせェ」
「あ、あのね、総悟くん、」
「へえ……?」

なぜかいたずらな声。ブラ紐に手をかけられた時に体がピクついたのは、バレてそう……

「……ひゃッ」

冷たい手がスカートの腰回りに触れられ、思いのほか変な声が出てしまった。

「おやおや。どうしたんですかィ?」
「ッ……、」

耳元で囁く総悟くんのゴツゴツとした男の手が、私のお腹周りを這う。

「ぁ……総、悟くん、」
「ん?俺にどうしてほしんですかィ?」

言うより早く、ファスナーを下げられる。

「っ……」

女もののお洋服のツクリを知ってるの?知ってるの!?
総悟くんの手つきは流麗だった。気が付くと、足元にパサリとスカートが落とされた。

「スタイル良いですねィ」

……この時間は何なのだろう。私は意を決して一言申そうと総悟くんを振り返った。
しかし、箪笥へと向かって行く総悟くんの後ろ姿。見ていると、襦袢を取り出し、振り返った総悟くんに、今さらながら下着だけになった胸と下着を腕と手で隠した。

「腕を離しやせェ」
「……ぁ、」

両手首を取られた。私を見つめる総悟くんに恥ずかしくなって思わず目をそらす。すると、総悟くんは私の肩を掴んだ。そして、体を回されて背後を向かされた。後ろで、衣擦れの音がした。畳んである襦袢を広げたようだ。

「腕を通しなせェ」

着させてくれるの?私は、なんでこんなにドキドキしなくちゃならないんだろう……。言われるがまま片手づつ通した。両手を通し終えると。

「っ……」

背後から手を回された。ドキっとした。総悟くんは、私の襦袢の合わせ目を掴んだ。ああ、ただ着せられてるだけ。私は無駄にドキドキしているだけなのだ……。

「着物は左前」

合わせ目の左を上に、右を下にする総悟くんの着付けは正しいのに、

「つまり右が下でさァ」
「……ぁ、……」

胸に沿ってふっくりと撫でられた。完成を綺麗にするために皺を伸ばすためだけ……とはさすがに思えなかった。
総悟くんは私の耳元で小さく笑うのが聞こえた。

「どうしたんですかィ?小夜」
「……ッ、…」

私は俯いて堪えるだけだった。

「ところで。小夜はどうして着物は左前なのか知ってますかィ……?」

どうして?唐突な質問に、え、と止まる。

「女の着物を脱がす時に、後ろから胸元に手が入れられやすいようにでさァ」

着物の合わせ目から手を入れられる。

「ゃ、あ……、……ん」

左胸に張り付く総悟くんの手に、されるがまま。

「ん……?聞かせてみなせェ」
「違、ぅ……私、着物は着てたから知ってる……日本人、には……右利きが多い、から……懐紙とか、入れやすいように、袂に、」
「ここですかィ……?」
「やぁ……!ダ、メぇっ……」

ああこんな声出したくないのに。恥ずかしい。

「小夜カワイイですねィ」
「……、」

総悟くんはやんわりと私の胸から手を離すと、合わせ目を整え、流麗な手つきで畳みの上の紐を手に取り、私の腰回りに巻き付けた。

「程よい肉付きはあるのに……ほっそい腰ですねィ……」
「ん……ッ、」
「こんくらいで変な声出さないでくだせェ」

恥ずかしい……。
その後は真面目に、着崩れを防止するためにきちんと二周紐を通し、固結びしてくれるのだった。襦袢が着れると、肩を掴まれて強制的に総悟くんと正面で向き合わされた。

「補正が必要ですねィ」
「あ……」

下着の上から、胸の膨らみから腰回りを優しい手つきで撫でられる。

「取ってきまさァ」

部屋を出た総悟くんは、後ろ手で障子を閉めた。縁側に出ると、障子同士の隙間がまったく無いか、確認しているようだった。去っていく総悟くんの動作が太陽光の影絵で見えなくなると、私はその場に崩れ落ちた。

「はぁ……」

胸に手を当てると、とてもドキドキしている。総悟くんに触られた感触が胸に残っている。なんて……やらしい着付け教室なんだろう。
私はのろのろと動き、そこここに落とされたブラウスとスカートを畳むのだった。
間もなくして近づいてくる足音。部屋の片隅に寄せた時、障子が開いて、総悟くんが部屋に入ってきた。

「これくらいあれば、足りるでしょ」

総悟くんの手には、タオル。近づいて来て正面に立った総悟くんは、私の耳元に唇をよせた。

「あんたの体でも」
「ッ……」

思わず身を引く。そんな私の動きを遮るように、腕を掴まれ引き寄せられた。

「あッ、」
「着物は寸胴でこそ美しいんでさァ。あんたのそのメリハリボディ、タオル何枚必要になりやすかね」

そうして手を掴まれ、今度は何をされるのかと身構えると、タオルで帯を巻くあたりを補強しだす総悟くんの落ちないようタオルを押さえさせられる手伝いをさせられただけだった。
そうして、帯を巻かれて、整え、ようやく着付けが終わったとき。

「他の男には、させたらいけやせんぜ……分かりやしたかィ?」

総悟くんの身長に合わせて顎を掬われ少し上から至近距離で見つめられるだけだったのに、私は赤面してコクコクと頷くのだった。