据え膳食う前の脳と本能




取ってきた補正分を小夜の体に付けながら、華奢で細いのに何枚つけてもなかなか寸胴に近づかないやわらかな曲線を描く目の前の小夜の体に、何度となく「本当にいい体してますねィ」と口をついて出てしまいそうになったことか。小夜は、誰が見ても美人だ。正直さっきのは据え膳だった。
中身も俺好みなら、本命にするつもりでさァ。だが中身がアレなら先に体からいただきますぜ?だが小夜に軟派な野郎と思われたくもない。小夜の顔は好みなんでね。

今の俺はまさに据え膳食う前の脳と本能。

「小夜。近藤さんが戻ってきた。着替えは済んだか?」
「もう少し待ってくだせェ、土方さん」
「なんでお前の声がするんだよ総悟!?」

同時にスパーン、と障子が開け放たれる。もう着終っているが、直しをしている俺と、俺の邪魔にならないよう両の袖口を持ち、少々赤らめた顔の小夜。を、交互に見る土方。
……羨ましいだろィ。土方が小夜を気に入ったのは明白でさァ。しかもわりと本気。
これはまた土方をからかうのにおもしろい材料を一つ見つけたとばかりに、ニヤァ、とわざと笑みを浮かべてやる。
おもしろいくらい土方のこめかみがピクりと痙攣した。

「おい、総悟。おまえ……小夜の着替えを?」
「小夜は着物一人で着れないでしょ?俺が手伝ってやったんでさァ」

まあ小夜は着物着れるようだがねィ。だが土方はそれを知らない。

「総悟てめぇ……」
「小夜。近藤さん帰ってきやしたし、急ぎやしょう。ってことで、邪魔だ出てけ土方ァ」
「いや俺がいたら悪い道理は、」
「聞きやしたかィ、小夜?着替えを見たいそうですぜ。下心丸出しキモくね?」
「総悟ォォォォォ!!!!!」

小夜と来たら、赤らめた顔でオロオロしている。まったく男に慣れてねーんですからねィ。カーワイイ。

「邪魔するだけなら出てけ。いや、邪魔だから死んでくれ土方ァ」

土方がなんか言い返してるが無視無視。

「それより小夜、ちゃんと見てなせェ。帯ですがねィ」
「う、うん、」
「俺は文庫結びが可愛いくて好きなんでさァ。小夜もこれを覚えなせェ」
「ちょ、おまっ!総悟!」
「?」
「小夜、よそ見してねぇで俺を見てなせェ」
「あ、うん」
「いや、言い方ァァァ!!」
「お前は黙ってろィ土方。小夜、結び方わかんなくなりやしたら俺に言いなせェ。いつでも稽古つけてやるんでねィ」
「総悟ォォォ!!」
「さてと。小夜、準備できやした。近藤さんとこに行きやしょうか」

俺は何食わぬ顔で小夜を連れて部屋を出た。近藤さんの部屋までの道すがら土方が、後ろから着いてくる小夜をチラチラと気にしながら(見んな)俺を肘で小突いてコソコソ耳打ちしてきた。

「総悟!小夜の着付けのことはともかく。文庫ってこたねーだろ、文庫ってこたァ。お前アレは、<貞操を守る>意味で年頃の娘に母親がさせるものだろ、かあーちゃんかテメェは。そもそも脱がせずらいから一人では結べねえ道理だろあのシロモノは。あれか?お前は本気なのか?入れ込んでんのか?小夜に」
「それはテメェだろィ土方ァ」
「ばっ、シッ!アホかテメェ聞こえんだろじゃねえ違ェわバカは?俺は別に小夜のこと、」
「童貞か土方ァ」
「ああ!?」
「宣戦布告と取ってくれてかまいやせんぜ?」

まあ俺は小夜に本気になった訳じゃねえですけど。ただ小夜の体はほしいですからねィ。それに土方からかえるし。

「それに土方さん、アンタの言う通り、文庫は一人では結べねえと来た」
「……」
「残念だったなァ土方ァ。これで小夜は毎日俺のとこに帯締めをお願いにくることになりやした。俺がリードでさァ」
「総悟ォォォ!!」
「静かにしてくだせェ土方さん。小夜に聞こえやすぜ」
「(ちらッ」
「大丈夫そうですねィ」
「おまえ今ぜってぇわざとだろ!!」
「だから大声出さねぇでくだせェ。見てくだせェ小夜を。少し不安げな顔も可愛いですねィ。さぞかし、近藤さんに会うのを緊張してるんでしょうね」
「……いいか総悟。お前あんま勝手なことしてっと、」
「何言ってんですかィ。小夜を助けたのは俺じゃねえですかィ」
「見つけたのはお前じゃねえだろうがよ!!相手が高杉だったからついでにしょっぴくのにお前がどさくさに紛れて俺にバズーカぶっ放さなきゃ俺が……いや良い。忘れてくれ」
「土方さん。大人げねぇですぜ」
「総悟ォォォォォォ!!てめっいつかブッk」
「着きやしたぜィ小夜」

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後ろからついて来てた私を待って、総悟くんが私の背中に手を添え誘導した。
銀魂の新選組には、局長室まであるらしい。

「近藤さん、失礼しやす」

総悟くんが障子の外から声をかけると、「おう、入れ」という野太い声が聞こえてきた。総悟くんに誘導され、中へ入る。

「やあ。君が小夜ちゃんかい」
「初めまして、近藤局長。中京小夜と申します。お世話になります」
「大変だったね、トシから話は聞いた。歓迎するよ!」
「身寄りのない私を置いてくださり、感謝しきれません。ご迷惑をおかけ致します」

丁寧に頭を下げる。銀魂の近藤局長は、おおらかな雰囲気を持った、とても人の好さそうな局長だった。

「そうかしこまるな小夜ちゃん!それでなんだがな……」

近藤さんは前かがみになり、声を落とした。

「小夜ちゃんのことは、隊内でも情報規制するつもりだ。幹部と、帰る方法を探す監察方だけだ」

近藤局長の言葉に、つい神妙な面持ちになってしまう。分かりましたと頷くと、近藤局長はニコッと笑って姿勢を正した。

「慣れないところで大変だと思うけど、俺たちのことを家族だと思って、何でも言ってくれ。よろしくね、小夜ちゃん」
「よろしくお願いいたします」

ああ、銀魂の新選組局長、すっごく良い人そうだなあ……

「近藤さん、この後は松平のとっつぁんと会合だろ?そろそろ行かねーと」
「そーだな、トシ!そろそろか!」
「行ってらっしゃいませ」

屯所の門まで一緒に出る。手を振って出かけた近藤さんを乗せたパトカーを、三人で見送る。
ってパトカー!?銀魂の新選組は本当に警察なんだなあ……

「小夜。どうでしたかィ?近藤さん」
「とても良い人そうだね」
「そうでしょ?近藤さんは寧ろ人が良すぎるくらいでさァ。ねえ土方さん?」
「なんかお前が言うと他意しか感じねー」

二人のやり取りにくすくす笑みがこぼれる。

「さてと、巡察に行きますかねィ」
「俺は報告書あがってくるのを待つ」
「お二人とも、ご武運を」
「暗くなる頃には戻りますからねィ。小夜、行ってらっしゃいのハグさせてくだせェ」
「なんでだよ!?」

総悟くんの腕が私に伸びる前に、鬼の形相した土方さんが私の肩を抱いて回避した。

「邪魔すんじゃねえよ土方ァ。小夜はもう2話目で俺のものになり3話目で俺に操も立てたんでさァ」
「異議ありィィィ!!てか、メタ発言禁止」
「小夜ちゃん着物姿良いね!そっちのほうがなんていうか……その……////」
「って山崎ィィィ!!おまえ出てくんな仕事しろ!!」
「ギャアァァなんでェェェ!?」

門から中庭を振り返ると、山崎さんが居た。確かに、こんな昼間っからお仕事しないで、ミントンしてたみたい……。そうして逃亡をはかる山崎さんを追って行った土方さんはその場から誰もいなくなり。私はその場に一人立ち尽くす。
急に静かになっちゃったな。相変わらずニギヤカな人達だなぁと、笑みがこぼれる。屯所内に戻ろうと踵を返したところで、屯所の立て看板が目に入った。

「<真>選組……」

銀魂の中では、新選組でなく真選組。

「……ふふ。上手いなぁ」

門から入った庭から空を見上げる。まだ夕方前。
お世話になるのに、何もしない訳にはいかない。こんなに大所帯だ、夕食のお手伝いをしよう。そうお思いたち屯所内の玄関に向かう。
草履を脱ぐと、近藤さんの部屋へ向かう途中で見つけていた食堂へと向かった。

「あの……」
「はいはい。あら」

直ぐに年配の女性が出てきた。私を見ると、ニコリとしてくれた。

「お忙しいところすみません。今日付けで、真選組のお世話になることになりました、中京小夜と申します。良かったら何か、お手伝いさせていただけますか?」
「あなたが小夜ちゃんね、よろしくねぇ。でも土方副長から言われてるのよぉ。小夜ちゃんには何もさせるなって」
「え、土方さんが……?」

でもタダでお世話になる訳には……。……言っても、この方が困るだけか。土方さんに相談しよう。

「分かりました、お暇します。お邪魔してしまいすみませんでした」
「あら、大丈夫よ。お若いけど、何歳でいらっしゃるの」
「18です」
「まあ!まだ若いのにしっかりされてるのね」

既に手を回されてた、か。私はトボトボと食堂から引き返す。縁側から見る庭の向こうに、ビルが見える。

「あ……」

そうだ、外に行ってみよう!銀魂の世界は幕末を題材にしているのに、現代にある建物があるって目を覚ました枕もとで土方さんと総悟くんが言ってた。見てみたい!辺りを少し散歩してみよう。

「……」

そこまで考えて、ダメか、と思い直す。私は真選組御預かりだ。勝手に出て行って、もし何かあったりしたら。昼間の不逞浪士のことが、頭をよぎる。真選組に迷惑をかけてしまう。お役目すらもらってない身、大人しくするしかない。

「……あ」

お庭から見た一番良い部屋の開け放した障子の向こうに、土方さんが見えた。文机に向かっている。山崎さんを追いかけていたけど、やめて戻ってきたのか、それとも片づけ終わった後なのか……。たぶん後者。

「土方さん。今よろしいですか?」
「ん。おお、小夜か。どうした」

文机に向かっていた土方さんが、こちらを向いてくれた。私は草履を脱いで、縁側に上がって正座する。

「帰る方法が見つかるまでの間お世話になりますので、私にもお役目をいただけませんか……?」
「小夜……」
「何かできることはないかと、さきほど食堂へ行ってみました。でも土方さんから言われていると、断られちゃいました」
「……」
「タダで居させていただく訳には行きません。私にも、どうかお役目をください」
「気持ちは分かる」

土方さんは筆を置いて体をこちらへ向けたのだった。ああ、仕事中の手を止めて申し訳ありません。

「だが小夜は真選組で雇っている訳じゃない。仕事をさせる訳には」
「そういうことですか……しかし、得心が行きません。何もしないでお世話になり、ただご迷惑をおかけするだけでは居た堪れません。どうか、お役目を与えてください。どんなことでも致します。お願いします、土方さん」

真剣な目で土方さんを見つめる。土方さんも、私を推し量るように、私の目をじぃっと見返してきた。

「グハァ!!」
「っ!?」

突然土方さんの体がのけぞって倒れた。びっくりして慌てて土方さんにかけよる。

「どうされたのですか!?」
「ああ……いや、あまりに美人すぎて」



「いや!なんでもない……」

土方さんは自力で起き上がると、ふう、と下を向いて息を吐いた。私は元の縁側に戻って土方さんを見つめる。どうか、どうか!役目をお与えください!

「……」

土方さんは、私の視線にたじたじと居心地が悪そう。だけど、私も真剣なのだ。やがて土方さんは私から視線をそらすと、ふうと息をついた。

「……取り敢えず、タバコを買ってきてくれないか」
「はい!……あ」
「ん?どうした?」

意気揚々と返事をしたものの、大変なことに気が付いた。

「私……未成年です。゚(゚^ω^゚)゚。」
「あ、ほんとだ」