夜這いも計画的に




「……ッ」

違和感に目が覚めた。布団の上から、誰かに覆い被さられている。

「ンーッ!」

全然動けない。両手を頭の上で一つにまとめられ、口まで手で塞がれている。
こわい!

「静かにしなせェ」
「(総悟くん……!?)」

覗き込んできたのは、寝巻姿の総悟くんだった。

「……ぷは」

私が必死にコクコクと頷くとようやく塞がれていた口から手が離された。
同時に両手も解放される。

「やだ……何やってるの!?」
「いけやせんねえ……」
「……?!」

私の上から依然退かないまま、質問は華麗に流された。
総悟くんは私の上に覆い被さったまま、手で自身のあごをなでている。

「簡単に忍び込めやしたぜ?おまけに小夜ときたら、そんな格好にされるまで目が覚めない」
「……きゃあっ」

総悟くんの視線にならって見ると、寝巻の胸元が乱れていた。
慌てて胸元の着物の合わせ目をギュと閉じると、総悟くんに警戒の眼差しを向ける。「今更遅いでさァ」と鼻で笑われた。

「真選組は男所帯ですぜ。これじゃ小夜が手籠めにされるのも、時間の問題でさァ」
「どの口で言ってるのよっ」
「何言ってんですかィ。俺で良かったですぜ?」

何を言う。私がもしあの時に目覚めなかったら、あなたどこまでしてたつもりなの?
総悟くんは私の上から退くと、隣に寝ころんだ。
障子から、顔を出し始めたばかりの朝日の木漏れ日が差し込んで来ていた。

「もう朝じゃない……いつ入ってきたの?」

呆れながらつぶやく。

「みんなが寝静まった時」
「真夜中からいたの!?」

私は脱力する。総悟くんの言う通り、アブナイ。

「小夜の寝顔……可愛かったですぜ」
「乙女の寝姿を見るなんて最低よ」

プイ。総悟くんから顔を背け、同時に自分の体を守るように抱きしめ、総悟くんに背を向けた。

「小夜。最初は用心棒のつもりだったんですぜ」
「一番危険なのはあなたよ」
「本当でさァ。でも小夜は俺が部屋に侵入しても、まるで気配にも気が付きやせんし……。それで隣で横になって小夜の寝顔見てたらこう、ムラムラ〜っと。来ちゃいやしてね」
「来ちゃいやしてね、じゃないよっ。なに隣で横になるの?やっぱり一番危険だよ!」
「しかもそれだけじゃないですぜ?」
「聞いて人の話!」
「ムラムラ〜っと来た俺は、」
「続けるんかい!」
「小夜の体に触りたくなりやしてねェ。でもいきなり手をつっこむのもつまらないんで、」
「私は困るけどね」
「まずは寝巻の上から胸をツンツンっとしたんでさァ。でも全然、目覚めないんですぜ?」
「サイッテー」
「すやすや眠り続ける小夜は、まるで眠り姫のようでしたぜ?美しい寝顔に、思わずキスを」
「え!?」
「するのはさすがに小夜の気持ちを汲まないとと思い直しやしてね」
「ホッ」
「かわりに小夜のことを抱きしめてたら」
「え!?」
「そこは事実でさァ」
「そんな……私目が覚めないなんて……」
「んでね、この腕に小夜を抱きしめるだけで我慢しようとしたんですけどねィ、鼻腔をくすぐる小夜の女の子の匂いに、それでムラムラ〜っと」
「それで胸だけでも直に触ろうと?」

アブナイ。アブナスギル。

「ていうか、ABCとかあるけど。キスよりもハグしたり胸を触ることのハードルのほうが低すぎじゃない?」
「当然でさァ。だってキスですぜ?」
「女の子の貞操より、キスのほうが重要なんだこの人……」
「段々日が出て来て小夜の顔が見えるようになってきたら、ムラムラ〜っと」
「もう分かったわよ、そこはもう良いわよ」
「小夜はナイスバディ、ですねィ」
「ゃ!」

ウエストからお尻のラインを、寝巻の着物の上から撫でられた。聞きなよ、人の話!

「小夜は本当〜〜に感じやすいんですねィ?」

背後から、体の前で合わせた裾をめくり上げられて内腿に手をねじ込まれた。

「やッ……!?ダメ……っ」
「ほら。こういうことでさァ」
「ヤ……!」

総悟くんの指が、下着の上から局部をこすり付けてくる。

「総悟くん……ッ」
「危険なのは、分かってもらえましたかィ?」

パ、と総悟くんの手が離れた。解放される。

「ひ、ひどいよ……!こんなやり方で分からせようとするなんて」

ガバっと起き上がってキッと総悟くんを睨む。プイっと顔を背けてまた背を向けて横になった。

「だから俺で良かったでしょ?」

俺じゃなかったら今頃小夜はマワされてたかもしれないんですぜ?とか恐ろしいこと言われる。

「じゃ、じゃあ……どうすれば良いのよ?」

プリプリ怒ったまま総悟くんの顔を見ずに言う。

「他に女性はいないの?」

もしいないなら私に集中するかもしれない。その場合は考えないと。

「それでさァ」

総悟くんが起き上がった気配。衣擦れの音がした。

「俺ァ考えやしたぜ」
「どうするの……?」

私は少し振り向いて総悟くんを見つめる。

「今夜から、俺の部屋で寝なせェ」

名案!とばかりの総悟くんの顔。
今しがた私はあなたに襲われたばかりなんだけど。

「なんですかィその顔は」
「……真面目に考えてくれないのね」
「おい小夜。よく聞きなせェ。俺は小夜に、どれほど危険か分からせるために襲ったんですぜ!?」
「襲ったって認めるんだ……」
「小夜」
「!」

背を向けた肩を掴まれグッと引っ張られた。私の体が仰向けにやると、そのまま総悟くんが私の上にまた乗って、正面から瞳を覗き込まれた。
これじゃあ、普通に押し倒されただけの図なんだけど。

「小夜、よく聞きなせェ。本当に俺は用心棒のつもりだったんでさァ」
「この体勢では説得力ない」
「ああ、すまねえでさァ。……すまねえと言ったそばからすまねえでさァ」
「何言ってるの!?」
「いや……。しかし、どうしてですかねィ。小夜を見ていると、」

総悟くんの顔がゆっくりと下りてきた。総悟くんの唇が、私の首筋、そして胸元に寄せられる。
同時に、総悟くんの手が、肩から腕、そして脇腹、腰回りをゆっくりと撫でられる。

「あまりに綺麗で」

着物越しに肌を這う手が上に戻ってきて、肩から胸の合わせのところから着物の中に手を差し入れられる。

「……ぁ、」

と思った瞬間、するり、と肩から寝間着の着物をはだけさせられていた。

「一回、抱かれときやすかィ?……俺に」

真剣な瞳。私は返事をすぐにできなかった。だけどそれより早く、総悟くんの唇が私の唇に押し付けられた。

「……!そ、ごく……っ」
「綺麗ですぜ……小夜」

そう囁くように言った唇が、再びゆっくりと私の唇に吸い付いた。

「……っ」

舌が差し込まれ、ピクン、と体が震える。総悟くんの舌に、私の口内が犯される。胸に覆いかぶさられているため苦しくて、なんとか二人の体の隙間に手を少しだけ差し込み押し上げる。
すると、顔と体を少しだけ浮かせてくれた。二人の間に、銀色の糸が繋がる。

「小夜……」

総悟くんは私が苦しくないように私の体の脇に着いた手で腕で自身の体を浮かせたまま、再び顔を降ろしてきた。
鎖骨、そして胸元へと私の肌を総悟くんの舌が這う。

「ぁ……」
「こんな男所帯で、一人だけ女。それも見た目が良い。しかもスタイル抜群。これで襲うなってほうがムリがありやすぜ

「そん……な……私を真選組に置こうとした最初から、分かってた……ことでしょ……?」
「生意気言いますねィ」

寝巻きの上から胸の頂きを摘まれた。

「ゃ……!……おねがい、総悟くん……っ」
「だから。……俺の部屋で寝なせェ」

守ってあげやすぜ。そう言って、私に覆いかぶさったまま、私の唇にゆっくりと顔を下ろしてきた。

「……これ以上はダメ」

私は総悟くんの唇に人差し指を当てる。
総悟くんの胸を押して布団を出て、身支度を始めるため衣紋にかけた小紋を手に取る。

「続きしやしょう?」

俺の部屋で。そう言う総悟くんに背後から抱きしめられた。私の着物を着る手を、遮るように掴まれる。

「……離して、」
「嫌だと言ったら……?」

そう言って、私を腕に閉じ込めようとする総悟くんの腕をやんわり解く。

「小夜ー……」

総悟くんは放っておいて、昨日教えてもらった文庫絞めは手間がかかるため自分の知ってるバイトでしている帯の締め方で着物を着る。

「文庫でないといけやせんぜ!」
「あ、やっ……引っ張らないで、」

シュルルル、と帯が私の腰から総悟くんの手元に引き寄せられる。

「……返して、総悟くん」
「俺が着つけやす」

私が着物を着ることをのんでくれた総悟くんに、私は文庫を強要されるのだった。

「できやした」
「ありがとう。……、」

ギュ。背後から抱きしめられる。私の胸の前で交差する総悟くんの手に、私は黙ってその上から自身の手を重ねる。
すると総悟くんが私の耳元でふっと小さく笑った。

「小夜が魅力的なのがいけねえんですぜ……?」

そう言って顎を優しく掬い上げられ振り向かされて、キスされそうになる。
近づいてくる総悟くんの顔は、まるで本当に私の色香でどうにかなってしまっているように見えた。
暫しキスに興じると、私から唇を離した。名残惜しげな総悟くんは見ずに、縁側を見つめる。だいぶ太陽も上がってきていた。

「一緒に外には出られない」

総悟くんに抱きしめられていた腕から私はそっと抜け出す。

「誤解を招くことになる。先に出てくれる?」
「何の誤解があるんでさァ。小夜は此処に来たときから、とっくに俺の女ですぜ!」

迫真。今それいらないから……。

「……とにかく部屋を出て」
「あっ」

私は総悟くんを部屋から締め出した。

「……ふぅ」

ようやく一人になる。
顔を洗いに井戸に行こうと、昨日お使いに行ったついでに買ったスキンケアと手ぬぐいを持った。お金が同じで助かったよ。
戻ってくると、スキンケアを済ませた顔で鏡台に向かう。バッグを引き寄せ、ポーチを取り出す。ファンデ、リップ、アイシャドー、アイライン、チーク、アイブロウ。ナチュラルに仕上がるメイクを済ませてポーチをしまい、バッグを一応定位置とした部屋の隅に寄せる。

「小夜ちゃん」

縁側の障子を振り返ると、山崎さんのシルエットの陰。私は立ち上がり、障子の足元にかがむと、スと開ける。

「はい」
「あ、良かった起きてた。おはよう、朝餉だよ。副長に呼ぶように言われて」
「ありがとうございます、直ぐに行きましょう」

縁側に出ると、眩しい太陽の光を浴びる。

「よく眠れた?」
「ええ……」

総悟くんを思い出して、笑顔で取り繕う。

「男所帯だからね。もし何かあったら俺に言ってね!」
「ありがとうございます、山崎さん」

もう既にあったけど……え、いつまでも根に持ちすぎ?

「おはようございます!近藤局長!土方局長!」

食堂に着くと、山崎さんが元気よく敬礼した。

「小夜ちゃん、ザキ、おはよう!」
「おはようございます、近藤局長、土方さん」
「おはよう〜っす」

まだ土方さんは眠そうだ。隣の近藤局長の隣に、総悟くんがいた。ダルそうにテーブルに伏せ、頬杖をついている。
目が合うと、総悟くんはニヤリと意地悪く笑ってきた。

「おう、よく眠れたか?小夜」
「……ええ、」

新聞を読んでいる土方さんの正面に腰かけながら、また笑顔で取り繕う。

「なんだ?」

直ぐに異変に気が付く土方さんはさすが。
ふいに視界の端で、総悟くんが口パクをしたのが見えた。<言うな>?私は顔に出さないよう努めてため息をついた。

「……いえ、朝は少し苦手で。よく眠れました」
「そうか」

土方さんは新聞に目を戻した。総悟くんは、また口パクで<お利口さん>と言って満足げな笑顔を浮かべてくるのだった。
もう。エラソーなんだから……。
朝餉が終わると、全体朝礼があった。今日の真選組の予定は、新選組と変わらず、市中巡察がメイン。

「小夜」

朝礼後、総悟くんから呼び止められた。

「なによ」
「なんでィ。怒ってんですかィ?」

総悟くんは、そう言いながらちょっと楽しそう。

「いやだから、アレは小夜にいかに危険かを、」
「分かってる。だから私も、なかなか整理がつかなくて困ってるの」
「と言うと?」
「睡眠時間が足りないと、どうもダメで」
「ありゃ……」

総悟くんはパンツのポケットに入れた手を片手だけ後頭部にやった。しまった、と言うわりには、無表情のままで。

「安眠妨害は、悪かったでさァ」
「うん……」
「……実を言うと、めちゃくちゃ我慢してやした」

妙に素直。珍しくて、視線を総悟くんに移す。

「正直やべぇミスったと思いやした。分からせるつもりで忍び込んだのに、小夜の寝顔見てたら、その……綺麗で」

なによ……このタイミングで。

「……」
「これからも、小夜に及ぶ危険から守るつもりですぜ、俺は。でも、もう安眠妨害はしやせん。誓いやす」

総悟くんを見ると、真っすぐで、真剣な瞳と目が合った。
私は詫びを入れようとしてくれる総悟くんに、もう責めるのはやめようと思った。

「……その表情だけで、俺ァ満足ですぜ」
「え……」
「小夜」

総悟くんが、一歩私に距離をつめると、そのまま片手だけでパッと頭を総悟くんに抱きしめられた。

「今、自分がどんな顔してるのか。自覚しないほうが良いですぜ」

まるで、私の顔を回りから隠すように胸に抱きしめられて。
頬に熱がさす。耳まで赤くなってそう。
そんな私に、満足げな笑い声をあげる総悟くん。朱に染まった顔を、手で覆う。

「小夜は俺に守られてれば良いんでさァ」

そう言って、触れるだけのキスをされた。
う、隙があった……。
手を振って巡察に出かける総悟くんの背中を、私は何も言えずに見送った。