大願成就のパーフェクトスマイル!


「あ、二条」
「凛ちゃん先輩っ;」

鮫柄学園2年、松岡凛。この人は会うたび会うたび、

「マネすんなら鮫柄のマネに来いよ」
「は!? 無理ですから!」

岩鳶高校の生徒である私を、他校部活動のマネに勧誘してくる。私が敬語なのは、一応この人が2年で、私が1年だから。ていうか近すぎ!
手を当てた腰をまげて、私が慌てふためくのを承知の上で、ニヤニヤと遥か上から顔を近づけて身長差を生かしてくる。ていうか冷たッ!

「っちょ、わあ!」

今しがたこの人はプールから出てきばかりで、髪からしたたる水が上からポタポタと降ってくる。私はまるでモグラ叩きのようにその場から避ける。……いつものことだ。

「相変わらずツレねぇなあ〜」

そう言って曲げてた腰を正したのを見て、やっと終わったと安堵する。でもそう言いつつ私を見る凛ちゃん先輩の顔は、ニヤニヤと余裕のまま。
この人は私の何をそんな気に入ったのか、競泳の地区大会で出会った時からチョッカイを出してくる。
そりゃさ、江ちゃんのお兄さんと知った時は、カッコイイお兄さんって居るんだなと思ったけど。

「二条さ」
「……なんですか」

凛ちゃん先輩から降ってきた雫を、頬からちょい、と指先で拭う。

「ずっと思ってたんだけど、なんで俺のことそんな風に呼んでんの?」
「………」

まずい、あからさまに目を泳がせてしまった。
この人は知らないだろうけど、私たちの出会いは日本ではない。さらに高校生になってからでもない。
オーストラリアだった。
私は両親の仕事の都合で、生まれた時から海外で過ごしていた。中学に上がった時、『松岡 凛』という子が在籍しているのを知った私は、凛ちゃんかぁ。日本人だ。友達になりたいなぁ。そう思って凛ちゃんという日本人女子生徒を探した。
当然見つけられず、会えない日々は私の中でどんどん『凛ちゃん』のイメージが形成されていった。『凛ちゃん』って儚げだなぁ。とか、名前からして美少女なんだろうなぁ。とか、早く会ってみたいな、凛ちゃん。という具合に。
そんな時、水泳部であることを突き止めた私は見学に行った。

「Ms.凛 松岡ってどの子?」
「凛……?今泳いでるよ。ほら、2コース目の」

いよいよ凛ちゃんとご対面!って……

「凛。お客さんだよ。下級生。しかも女の子」

プールから上がったその姿を見て。男……!?私は恥ずかしくなって慌ててプールサイドから逃げたのだった―――……一方。

「……いねえじゃん」
「あれ?」

その後、間もなく両親の帰国が決まって、凛ちゃんとは再び会うことはなく。私は学期末を迎える前に日本に戻り、2年の途中から日本の中学に通ったのだった。
私の中では、凛ちゃんが男だとわかっても、凛ちゃんのイメージが崩れることはなかった。だって凛という名前に見合う綺麗な顔立ちだったんだもん。私の中の女の子の凛ちゃんは、絶対だった。
そして中学卒業後は、地元の岩鳶高校に進学した。オーストラリアで出会った凛ちゃんが日本に居るはずもなかった。凛ちゃんが日本に帰るのかも知らないのに、私はありもしない期待をしていた自分を自嘲気味に心の中で笑った。
高校入学時の部活動を決める際、例え二度と会うことがなくても、私が凛ちゃんを忘れる訳がなかった。オーストラリアで水泳をしていた凛ちゃんが、高校で日本に戻るかもしれない。そんな期待をしたけれど、そんな訳ないと半分以上思っていた。
なのに高校に上がって最初の大会の時。私は凛ちゃんを見つけたのだ。一目見てすぐに分かった。中学の頃の可愛らしいルックスを維持したまま、高校生男子になっていたのだから。

「……」
「二条?」
「……えと、あのですね」
「ああ」
「私たちが出会ったのは、実は高校じゃないんです」
「……は!?どういうことだよ!?」

驚いた凛ちゃんの顔をまじまじと見上げ、頭の中で言葉を選ぶ。

「私も、中学はオーストラリアでした」
「まじで!?」
「両親の仕事で生まれたときから海外だったから、名簿で名前を見た時に、同じ日本人と友達になりたくて」
「……」
「でも全然会うことができなくて、ようやく所属がわかって水泳部に会いに行ったら……女の子じゃなくて。でも私の中では、勝手にイメージは出来上がってしまってて……」

私は小さく息をついた。

「高校に上がって大会であなたを見たとき、驚きました……」
「地元が同じなんて、ってか?」

私はコクリと頷く。

「男の人だったし、先輩だし、ちゃんと苗字で呼ぼうと思うんですけど、その、つい……すみません」

私は頭を下げた。怒らせちゃったかな?もう、話してくれなくなるかもしれない。……でも仕方ないよね、当然のことだよね……。
『凛ちゃん』の顔を真正面から見ることができず、頭を下げ俯いたまま、凛ちゃんの言葉を待つ。

「あ、の……ま、松岡、先p」
「いいぜ」

意味が理解できず、思わず顔を上げる。
目が合うと、なんと意外なことに、凛ちゃんはおもしろそうに歯を見せて笑っていた。

「二条とは何の縁も所縁もない水泳部を、お前が選んだ理由が」

ドキッとした。私の耳元に凛ちゃんの唇をよせられた。

「……俺ならな」
「!!!///」

顔を離して正面から私をニヤニヤと見てくる顔は、余裕そのもので。

「今日から俺の彼女な。よろしくな、瑛茉」
「え!?ち…ま…わ…(ちょっと待って私)」
「ハハッ。喋れてねーよ、瑛茉?」

ギザギザの歯を見せておかしそうに笑うそのパーフェクトスマイルで、私は認めちゃうんだ。
中学の頃初めて見た瞬間から、凛ちゃんが好きだったって。