君の瞳の魔力
マリカはとても可愛い。可愛いらしい外見、好かれる人柄。そんな彼女からは想像もできないくらい、暗殺術には長けているそうで。1ヶ月前、団長の推薦で蜘蛛に入ってきた。蜘蛛では団員の能力は団長しかすべてを把握していない。団員同士ですら切り札となるものは隠している。自分の能力が割れることは、それすなわち死を意味することは、誰に教わるでもなく念能力者は理解している。
「(マリカ可愛いね。可愛いすぎるね。なんていうかこう……触れたいね)」
入団して来た時から彼女のその愛らしさに、フェイタンは心奪われていた。だが、ウカウカしてもいられない。そんなマリカなのだ。男がマリカを放っておくはずがない。だが、マリカの人気は男だけにとどまらなかった。パクノダと特にマチからは、妹のようにあれやこれやと手をかけられ、シズクとは気が合うようだった。マリカの周りだけゆったりとした空気が流れているような、所作一つ一つが目を惹く。なんとかマリカにお近づきになれるチャンスがほしくて、マリカの周りをうろちょろ……。
「団長達帰って来ましたので、私お茶注いできます」
「1人じゃ大変ね、ワタシ手伝うよ」
読んでいた本を置いて、フェイタンはマリカと一緒に部屋を出る。出遅れた何人かが舌打ちしたのを視界の端で視認したが、無視だ。
「ありがとう、フェイタン」
「気にすることないよ。いつでもワタシ呼ぶといいね」
アジトのキッチンでお湯を沸かしだす姿まで可愛いマリカの後ろ姿をバッチリ見ながら、フェイタンは茶器を人数分食器棚から一式取り出す。
「随分寒くなてきたね。今日はあたたかいほうじ茶にするよ」
フェイタンの言葉にマリカはふんわり微笑んで了承の意を示すと、やわらかい手つきでフェイタンから急須を受取った。相変わらず上品な動作。こんな感じでどうやって蜘蛛の仕事をこなして行くのだろうと、ますますマリカのことを知りたくなる。
マリカはワタシの視線には気が付かないのか、さして気にしていないのか。相変わらず見ていたくなる動作で人数分の湯呑みに注ぎ分けていく。温かな湯気が立ち上る空間で、淹れたてのほうじ茶の香りが二人きりのキッチンを充満する。フェイタンは、以前桜が好きだと言っていた彼女にプレゼントした、桜柄の自分の湯のみを最後に注ぐマリカの横顔を眺めた。
「マリカ」
「なあに?」
「お前見てるとホとするね」
ずっと見ているのにこちらを見向きもしないマリカに、フェイタンは見つめながら言う。マリカの漆黒の瞳はフェイタンを映したけれど、ふんわりと微笑み、すぐに手元の急須に視線は戻る。
「マリカ。こち見るね」
マリカの手元の茶器にさえ嫉妬して、フェイタンはマリカの持つ茶器をテーブルに置かせ、マリカの白い手を取った。
「フェイタン……」
マリカの可愛らしい瞳が困惑気味に揺れる。そんな表情まで可愛くて、自分のエゴだけでマリカの瞳に映る自分を確認するように覗き込んだ。
「マリカ、ワタシのものにならないか?」
ずっと言いたかった言葉を。
「一目惚れだたね」
彼女の白い頬に手を添える。
「マリカの瞳見てると吸い込まれるようだよ。ワタシわりとモテて黙てても寄てくるような格下に興味ないし、来る女はいただいてたけど、ワタシきとマリカには、すぐ手出さないよ。待てるよ。マリカは他の女とは違うね。マリカを他の男に取られたくないね。だからマリカに、ワタシだけを見る関係になてほしいね」
「……」
「マリカ、なぜ黙てるか……?……ハハ。つまりワタシ今、ワタシに寄てくる女の立場になてるね。だからマリカ、ワタシ興味ないか?」
自分を真っすぐに見つめてくるのに、マリカの漆黒の瞳には何も答えが見えない。必死な自分が映っているだけ。
「好きよマリカ。ワタシ欲しいもの諦めないね。マリカほしいよ」
フェイタンを見つめていたマリカの漆黒の瞳は伏せられ、白い頬にまつ毛の影が落ちる。マリカはとても綺麗で。ああ。やっぱり絶対ほしいって思った。手を握ったマリカはワタシから逃げられないし、こんな状況なら直ぐにその赤い唇にキスしてやりたいのに。
「……返事を聞かせてくれるか?マリカ……」
次の瞬間にも、マリカがキスして良いと言ったらそのまま奪いたい。
「何をやっている?フェイタン」
「……」
目だけを声の聞こえたキッチンの入口に移すと、団長が腕を組んでドアに寄りかかってこちらを咎めるような目で見ていた。
「マリカを2人きりのキッチンに連れ込むとは感心しないな」
言いながらこちらに歩み寄り、ちゃっかりマリカを自分の腕の中におさめる団長が、恨めしい。
「ハハ……団長、マリカ独り占めしたいのはワタシも一緒よ」
団長の出方によっては戦闘も免れないと、フェイタンは思った。
「何を言っているんだ?マリカを見つけたのは俺だ。それに連れてきたのも俺。ついでに俺の女だ」
「……」
心が無になるのをフェイタンは初めて体験した。その後、実は待機していたらしい、フィンクス、シャルナーク、ノブナガ、コルトピ、ウヴォーが参戦してきた。しかし金縛りはすぐに解けることとなる。
「私、誰のものにもなりませんから」
マリカはするりと団長の腕から抜け出ると、団長とフェイタンを一瞥して、茶器を持ってさっさとキッチンから出て行ってしまった。
「「「「「「……………」」」」」」
なんと。マリカは怒り顔まで可愛いのか。残された男二人はフラれたにも関わらず、恍惚としながらも、互いにマリカを巡って睨み合った。
君の瞳の魔力の犠牲者は、あと何人出るのかな。