勘弁してくれ

クラピカは、出会った時から口数が少なかった。

いや、クラピカは結構しゃべる。そうじゃなくて。己自身の話をだ。

ゴン、キルア、レオリオと出会ったハンター試験が懐かしい。私とクラピカは、今や暗黒大陸を目指す船に同乗するほどの関係を築いた。

思えば、第一次ハンター試験会場だった嵐で荒れるあの船で、手元の本の内容がまったく頭に入らず、目の前で静かに目を閉じている確信は決して話さないクラピカに、私は自然と視線が集中したものだ。

今としては遠い昔となったことを、なぜか今思い出すなんて。丁度あの時の一次試験の時のように、床に座って待機しているからであろうか。

いけない。私はそこでハッとする。警護についているのに、と集中しようと自分を戒める。

何か起こるかと警戒していた緊張が、今のところまでないのが緩ませてしまったのだろうか。これはクラピカに知られたら小言の一つや二つは言われかねない事態だ。

お風呂に入っているワブル王子は出てくるだろうかと、私はクラピカから目線を外そうとした。

「……なぜ私を見る」

ドキッと心臓が嫌な飛び上がり方をした。いつの間にか正面を見ていた筈のクラピカの目が、顔を動かさず目だけで私を捉えていた。

「あ、ごめん。私、見てた……?」

反射的にすっとぼける。クラピカはどう出るだろう。え、待って。今“見る”と言った?“見ている”じゃなくて?

「……」

じ、っと私を捉えて離さないクラピカの目線に、私は見えない感じない鎖にでも捕らわれてしまったかのように、動けなくなった。

なのに、彼はなぜそれ以上口を開こうとしないのか。逆に憎まれ口の一つや二つあったほうが安心できるのに。

その時、クラピカが突然フッと笑った。

「一次試験会場だった、あの嵐の船からそんな目で私を見ていたことを。私が気が付かなかったとでも?」

今度こそ私は完全に固まってしまう。

「……あー……」

なんて言おう。自分でも分からないことを、どう説明すれば。でも、そんな私を見逃してくれるクラピカではない。クラピカの私を捉える目がそう言っていた。仕方ない。ここは。

「ごめん。ガン見するつもりはなかったんだけど、きゃ…っ」

クラピカが急に床についた私の手を掴んだと思ったら、グッと引き寄せられた。クラピカに顔が近づけられる。

「この場でハッキリさせようか」

これまでで一番近くで見るクラピカの真剣な目に、私は爆発寸前の心臓で、ハッキリと自覚させられる。
私、クラピカのこと好きだったんだ。

-----


「……」

マリカとは、ゴン達同様ハンター試験で出会った。では言い足りないな。

そう、私の目的を忘れるな。彼女と出会ってから、何度自分に言い聞かせてきた言葉だろう。

彼女の存在は、私の目的にとっては正直、彼女へ抱いている感情は邪魔なんだ。そう言って切り捨てることもできないのが、末期というか、我ながら狼狽する。

「……」

それなのに、彼女の目はまた私を見つめている。いつもだ。彼女は自覚こそないだろうが、その目は、紛れもなく私が彼女へ抱いている感情と、どうやら同じなようだ。

しかし彼女が自覚がない以上、私には虚無となってのしかかる。

それに、今は警護中だ。
彼女は優秀なハンターへと成長した。それでも年頃の女性というものは、えてしてそうであるように、齢十七という青春真っ盛りにいるわけだ。

私だって十七。日に日に想いの募る彼女の姿を盗み見たいと思ってしまう。しかしいつだって。彼女のほうが先に私を捉えている。どこにいても、どんな時も。彼女は私を見つけてしまう。

見ないでほしいとも思う反面、その視線を感じるたび彼女の気持ちが自分に向いている確認が取れたことをうれしく思うと同時に、体が熱くなるのを抑え込まなければならない。
必死にその視線になんでもない風を私は一人装っているというのに。事実、彼女は無自覚。

だから行動しよう。勇気を振り絞ろう。

「そろそろハッキリさせようか」

彼女の手を掴んで引き寄せる。

―――なんだその目は。今にも泣きそうじゃないか。

君はようやく自分の気持ちを覚をしたのか。なのにとてもタイミングのよいことに、いや運の悪いことに。

我らの警護対象が入っているドアが開いた。

「……」

戻ってきたのだ。警護対象者が。仕事へと意識を集中するため、私は目を閉じ立ち上がった。

「変わりはありませんでしたか?」

警護対象に確認しつつ、返事はそこそこ受け流しながら彼女の様子をチラと視界の端だけで確認する。
今すぐ彼女のその柔らかそうな唇を塞ぎたいのに。こんな形でお預けになるとは。……勘弁してくれ。