「頂き物のドーナツ」
「僕もちょーだい」
「あっ、」
返事もろくに聞かず、悟はすでに齧りかけのドーナツにかぶりついた。
私の恋人はなにも気にしないタイプなのか、大きなひと口の中身をもぐもぐと咀嚼しながらソファーの背を回る。そして私のとなりにピッタリと隙間なく腰掛けた彼は、再びねだる様な視線をこちらに向けた。
仕方がないので一気に半分以上失われた茶色のおやつをさらに半分に割り、彼の口もとまで差し出す。すると、それもまたパクッとひと口で平らげてしまった。楽しみにしていたチョコのトッピング部分は、すでに彼の胃の中である。
そしてめざとい恋人の視線は斜め下へ。
「まだあるじゃん」
「どれがいいの」
「コレ」
やっぱりな、と思った。私の恋人はかなりの甘党である。
指名通り悟はローテーブルの上の小さな宝箱から、ホイップクリームが詰め込まれた丸いドーナツを取り出した。それから白糖が落ちるのも気に留めず、豪快に口へと運ぶ。ああまずい。これは本格的に糖分摂取を始めた模様である。
彼の分のホットコーヒーを淹れるため、私は一度ソファーを立った。
「はいどうぞ」
「むっ、」
ミルクたっぷりのコーヒーを淹れてリビングに戻ってくると、ちょうどひと口分。彼の食べさしを押し込まれた指先から私の口の中へ、ホイップの甘さが一気に広がる。次々食べ進めていると思ったが、どうやら他人に分け与えるくらいの精神的余裕は残っていたようだ。
ちゅぱっと音を立て、悟の指が抜ける。先っぽは私の唾液で濡れてしまったが、指に粉砂糖がついたままだったのか、ザラザラとした感触を唇に残して離れていった。
「……オマエさあ」
「うん」
「そんなに物欲しそうな顔すんなよ」
「うん?」
悟はそう言って、私の手からコーヒーマグを抜き取り、慎重にそっとテーブルの上に置く。私はその意図が読めず首をかしげるも、途端に慌ただしく彼はそのまま私をソファーに押し倒した。フニっと柔らかな唇が重なったと思えば、熱い舌が早急に咥内を犯しはじめる。
そして器用に衣類を除けて脇腹を這う大きな手が、ソファーに沈んだ私の背中まで回ると、物理的な胸元の締めつけが一気に緩んだ。その間も彼の手は動き続けており、浮いた下着の間に熱を持った指先が到達する。
「ん……む、ふっ……」
「んん、ゃっ、……んっ」
私の上擦った声が悟の口の中に消えた。けれど同時に彼の熱っぽい息も、私の口の中へ流れ込んでくる。
このまま二人でドロドロに溶け合ってしまいたいと思った。境界が分からなくなるくらい、混じり合ってしまえばいい。そうしたら彼は——。
だが唇が離れたタイミングで、私はキスを遮った。
「悟、」
私は彼の名前を呼び、肌を這い続ける大きな手を服の上から押さえつけた。それはちょうど私の左胸の位置にあり、ドクン、ドクンと自分の心音を彼越しに感じる。それほど強い力ではなかったはずだが、従って動きを止めた悟はそれ以上進まなかった。
「……ごめん」
「違うの。触れ合いたくない訳じゃないの」
手を離して腕を伸ばすと、私はそのまま恋人の白い頭を自分の胸の中に抱き込んだ。上半身に重みが加わったのを実感すると、少し癖のある柔らかな髪の毛をできる限り丁寧に撫でる。背の高い彼の頭を撫でてあげられるのは、気を許された恋人の特権だ。
「私は、私の大好きな人が疲れているんじゃないかって心配してるだけ」
「……ははっ、なまえにはなんでもお見通しなんだね」
「うん、そうなの」
いくら脳が欲しようと、甘いもので心身の積み重なった疲労を誤魔化してはいけない。
どうして悟なんだろう、それは悟じゃないといけないのか、なぜ悟が背負わなければならないのだろう。そんなことは今まで数えきれないくらい心の中で叫んだ。
私は自分の恋人が大事で仕方がないからこそ安心出来る場所で、今の私の精一杯で、彼を労ってあげたかった。