「そうだ、誕生日に何か欲しいものある?」
 帰ってきたばかりの僕の周囲をくるくると回り、せっせと世話を焼く少女に尋ねる。たまたま今のタイミングで思い出したものの、彼女が僕の婚約者になってから毎年欠かさずプレゼントを贈っているので、知らずと時期が脳にインプットされていたようだ。まだ幼いことに変わりはないが、なまえは来月十六歳を迎える。
「お誕生日じゃなくても、悟さんからはいつもたくさんの贈り物をいただいているので、お気持ちだけで充分です。ありがとうございます」
 僕の意に反してずいぶんと大人な回答をし、少女は斜め下からこちらに向けて微笑んだ。そしてくるりと身を翻し、僕の上着を掛けに離れて行く。
 今までは家の人間にこの年代の少女が欲しがりそうなものをリストアップさせて、その中から僕が何点か選んで誕生日当日に彼女の家へ届くよう手配する、というのが通例であった。もちろん同じようにしても良いのだが、いま手を伸ばせば触れられる距離にいる婚約者に対して、それもどうかと思う。
 おいで、と呼ぶとなまえは用件も聞かず手を止めて、狭い室内なのにすぐさま僕のもとへ駆けつけた。さらに手招きして、ソファーに腰掛けた僕の膝の上に乗せる。
「休みは取れないかもだけど、プレゼントくらい用意させてよ」
 腕を回し、僕は彼女の腰の後ろで手を組んだ。すると抱き寄せられると思っていたのか、幼い婚約者は僕に向けて細腕を伸ばしかけていた。僕から見たら、とても可愛らしい勘違いである。
「……じゃあ誕生日当日じゃなくても良いので、私と一緒にアップルパイを食べて下さい。前よりも上手く焼けるようになったんです」
「それ、僕はなまえに何もあげられてないじゃん」
 すると少女は僕の言葉に対し、首を横に振った。なぜ、と疑問に思う間に恥ずかしくなったのか、彼女は中途半端になっていた腕を伸ばして僕の肩口に顔を埋める。
「作り始めから食べ終わるまで全部、悟さんのお時間を私に下さい」



「なあ、僕が本当に居ないときの特級案件ってどこに依頼してんの」
 移動も長時間になってきて、いつものセダンの後部座席で足を組み替える。すると意図せずとも爪先が当たり、運転席を蹴る形になってしまった。伊地知は一瞬肩を跳ねさせたが、僕の長い足は仕方がないことなので、それもこれも狭い車内が悪い。
「規模にもよりますが、個人なら今は七海さんや日下部さんでしょうか。大規模なものですと、とにかく人数を確保したいので御三家へ直接依頼を回す事になっています」
「……ふーん」
「人命が第一ですので、結界術等を駆使して五条さんが戻られるのを待つ場合もありますが……」
「あっそう」
 僕が行くことによって人が死なずに済むのだったら、それが幸いであることに間違いはない。けれど目測での等級の割り当てが出来ないからといって、それが全て特級に該当するというのは本当にいただけない。ありとあらゆるこぼれ球を拾うことになるのが特級術師であり、実働人数と呪霊の数を比べると、どう考えても僕への負担がでかすぎるだろ。なあ、伊地知。
 そもそもの元凶が風通しの悪い、しがらみだらけの組織図になってくるので、考えても腹が立つだけである。外の風景に目をやると、知らぬうちに見慣れた山道に入っていた。あと二十分あれば、高専の敷地内に着くだろう。
 時刻は日付を跨ぐ直前で、僕自身は明日の昼まで時間に余裕があるのだが、なまえはもう眠っているだろうか。彼女の穏やかな寝顔を思い浮かべると、なぜかいつも僕の胸には罪悪感と安堵が共存している。僕によって色んな事を制限されて可哀想だと思う反面、彼女の存在が自身の手中にあるという、支配欲みたいな感情を己が少なからず持っているからだろう。
 あー、十六歳かあ。
「僕がもう一人居ればなあ」
「エッ」
 伊地知は不満を隠さず驚いた。のび太くんみたいな事を呟いても仕方がないのだが、変わり身を置きたいくらいマジで今回は邪魔されたくない。こういうのって事前準備と雰囲気作りがすごく大事だと僕は思うワケ。
 しかしそれを、こんな夜更けの車内で後輩に説いたところで、どこまで僕の要望が通るのだろうかと急に虚しくなった。
Full moon @