「もっと?いいよ、遠慮しなくても」
「……はい。んっ……!むぅ、ん……」
 半端に脱がしかけた衣服をそのままに、彼女の望み通りキスを続ける。一度離れても再び唇を寄せれば、先ほどの続きとばかりになまえは積極的に僕の舌へ自身のものを絡めにきた。気を抜くと、こちらが先に蕩けてしまいそうだ。本当に誰が仕込んだのやら。
 五分ほど前に日付を跨ぎ、僕はなまえに向けて「誕生日おめでとう」と告げた。幼い婚約者は一瞬ぽかんと気の抜けた表情をしたものの、すぐに耳を真っ赤にし「ありがとうございます」と口にした。
 それでも真っ最中に変わりはないため(寝支度をしているところにちょっかいをかけていたら、ついそういう雰囲気になってしまった。)僕からのプレゼントは後回しにすると決めた。ここで空気を変えてしまうと経験上、後々再開しましょうとはならない気がしている。
「触りたいから、こっちの手だけ離して」
 いつの間にか両手とも細指に繋がれており、組み敷いているのは僕なのに動きを封じられていたのだ。
「ん、」
 肯定と思われる返事がかえってくる。案外キツく握られていたのか、彼女の手から力が抜けたのがわかった。
 要望にそってキスは続けながら、自由になった右手でなまえの下腹部を弄っていると、シャツの胸元を掴まれていることに気がついた。僕はいったん動きを止め、身体を起こす。
「はあ、はあ、」
「ごめん苦しかった?」
「そ、じゃなくて」
「?」
「両方はダメ、です」
 唇を噛み締め、真っ赤な顔で幼い僕の婚約者は言った。
「いつもはいいのに?」
 押し黙る。
「今日はだめなの?」
 力強く頷く。
「じゃあどっちをしてほしい?」
「下……ちゃんと触ってほしいです」
 下着も脱がさず周囲ばかり撫でていたので、焦らされている気になっていたのかもしれない。意地悪をしたつもりはないのだが、そうだと思うと嗜虐心が刺激され、さらに自身の中心に熱が籠るのを感じた。
 けれどはやる気持ちを抑え、僕は一呼吸置いて「いいよ」と返事をし、彼女の所望通り丁寧に愛撫を始める。今宵は特別な夜でありなまえの仰せのままに、だ。



「もう寝ちゃう?」
 情事を終え下着すら身に纏わず、裸のまま布団に包まり重い瞬きを繰り返す少女に僕は問う。やりすぎたというよりは、今回は甘やかしすぎたという自負がある。
 毎回とは言わないものの、自分本位なセックスをしている自覚を僕も少なからず持っている。しかし善がるばかりのなまえからもちゃんと見返りがあるのだと、今夜はいい意味で実感することが出来た。ドロドロにしても、条件反射なのかちゃっかり応えてくれるらしい。
「さとるさんは?」
「僕ももう少ししたら寝ようかな。シャワーはいいや」
「私もそうします」
 それだけ言うとなまえは布団の中で軽く伸びをし、僕に背を向けて身体を起こした。そして上のみを軽く羽織り、残りの衣服を持ってそそくさと奥の部屋へすっこんで行く。下着はぐずぐずだったので新しいものに変えるのだろう。
 タイミングを見計らい、僕もベッドから起き上がる。この日のために準備しているものがあるのだ。

「さとるさん?」
 ベッドに居なかったせいか、少し不安の色が混じった呼び声でなまえは僕を呼ぶ。「こっち」と声を上げると、彼女はすぐに顔を出した。ソファーの僕の隣をぽんぽんと叩いたところ、その場所へきちんと着席する。本当に従順すぎて笑ってしまいそうだ。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 ぺこりと下げた頭をよしよしと撫でると、はにかんだ可愛らしい笑顔が持ち上がった。しかし目がとろんとしているので、かなり眠気を我慢しているのだろう。
 ここで勿体ぶっても仕方がない。僕は自分の背に隠していたものをなまえの前へと差し出した。
「これ、僕からのプレゼント」
「素敵……!」
 手のひらサイズの白い小さな箱を開けてやると、彼女の目に連なった丸い小さな真珠が輝く。僕が十六歳の少女へ贈ることにしたのは、ベビーパールのリングだった。
「はめてあげる。手貸して」
 僕はなまえの左手を取り、華奢な薬指にそれを通した。既製サイズで一番小さなものを選んだつもりだが、なんの突っかかりもなくすっと落ちるように入っていく。
「……今さらだけど、なまえは僕と結婚してくれるの」
 彼女に拒否権がない事など、とうの昔から知っていた。けれど馬鹿な質問だと分かっていても、つい言質をとっておきたくて僕はそんな事を口にする。十六歳が未成年である事に変わりはないが、両家の間に同意などあってないようなもので。なまえと僕は婚姻を結ぼうと思えば、法律上今日にでも夫婦になれてしまうのだ。
 微かにだが、自分の指先が震えていることに気がついた。少女の華奢な薬指から手を離せないまま、僕は顔を上げる。
「さとるさんさえ良ければ、よろしくお願いします」
 だが僕の気持ちに反して、少女は無垢な笑顔を絶やさなかった。
「——そっか。ちゃんとしたものは、またその時になったら渡すから。良かったらコレは普段使いしてね。あとここには僕があげたもの以外しちゃダメだよ」
「はい!ありがとうございます」
 僕の私欲でしかない贈り物だというのに、なまえは疑う素振りも見せずキラキラと笑う。いつまでも見ていられる眩しさは、まるで月のようだ。
 けれどキリがないので、近付けてみたり遠ざけてみたりと自身の左手を何度も見る少女から一度指輪を外させて、彼女を寝室へ誘導する。時間は有限だ。起きたら午前中から一緒にアップルパイを焼く約束をして、僕達は眠りについた。
 しかし僕はでっち上げの任務に就いている事になっているので、そうそう邪魔は入らないだろう。真面目なクセして案外悪知恵が回るんだよな、伊地知って。
Full moon A