本来ならなまえは、同任務に出た傑が起こしたあの村での惨殺事件の共謀者として、処刑対象になっている。そのため一切の慈悲を許されない立場にあり、情状酌量の余地なく見つけ次第抹殺というのが高専から僕らに下された命令だ。
しかし実際に傑と共に姿を消したものの、現場の死体からは死因となるような彼女の残穢が確認されておらず、傑に抵抗するために呪術を使用したという見解が今になって挙がってきたという。本当に都合が良いボケをかます年寄り共だ。
確かにこの十年、なまえの目撃情報はまるでなかった。悪徳な呪詛師として名前を大きくする傑と、その周囲の人間はあるていど面が割れていたものの、不自然に彼女の情報だけが見当たらない。
では彼女はどこで一体何をしていたのか。あるいは何をさせられていたのか。問いただす必要が出てきた。
それに今回、傑のお仲間達が揃って新宿・京都から逃げ仰せたということで、なまえは死刑の前に高専で改めて尋問にかけられる事になった。
「じゃあ始めるけど——、嘘は通用しない。事実、真実のみを話せ」
僕では公平な判断をくだせないと、猛反対に遭った。けれど信用ならない赤の他人に彼女を任せることは出来ない。傑のことも含め、これは俺の問題でもある。
薄暗い地下室で拘束服に呪符を貼り付けられ、さらに呪いが編み込まれた縄で椅子に縛り付けられたなまえは、色味のない床から視線を持ち上げ僕の方を見た。
十年という月日は人を大いに変える。僕は学生時代に活発で可愛らしい女の子だった彼女の、これほどまでに覇気のない姿を見たことがなかった。生命の危機に瀕するような程度ではないものの、明らかにやつれている。
だが今の儚げな表情も相まって、影のある美しい大人の女性になまえは変貌を遂げていた。
「オマエの名前は」
「……苗字なまえ」
どこか投げやりな声色をしているものの、箱から叩き起こされた時とは違い、黙秘を貫く訳ではないらしい。虚ろな目をしたまま、なまえは僕を見つめ続けている。
「まずは十年前の事件から。単刀直入に聞く。あの村でオマエは人を殺めたのか」
「……私は、あそこの人達を見殺しにした。だから間接的には殺してる」
「直接手を下してないってか。じゃああれは全部傑の——、なまえ?」
突然カクンと彼女の頭が下がった。そう思った次の瞬間には、拘束された身体が椅子ごと傾いていく。何が起こった?僕は一瞬たりとも目を離していない。
床に倒れ込む前に僕は手を伸ばし、腕の中のなまえの様子を確認する。すると目を閉じており気絶しているのか、彼女は完全に脱力していた。一定の呼吸はあるものの一過性のものとの判断もつきにくく、僕の強めの呼びかけにも応じず揺すったところで意識を取り戻さない。
言わずもがな尋問は中止となった。
:
その後、なまえについて分かったことがひとつある。彼女の口から傑に関する出来事を話そうとすると、言葉がつっかえ四肢が脱力してなまえは気を失う。
最初の時は、呪いが発動するまでのセットアップタイムとでも言おうか。例外中の例外で、以後彼女は連想的に傑の存在を思い浮かべるだけでも同じ状態になることが判明した。全く関係ない学生時代の話を始めただけでもそうなるのだから、今後はかなり回りくどいやり方が必要だ。
僕のベッドですぅすぅと穏やかな寝息を立て、眠り続ける彼女の額に唇を寄せる。一度呪いが発動すると、何をしようが一時間ほどは目を覚ましてこないことがわかっている。こんな状態なので、上もなまえの利用価値を見失い、聞き出すだけ聞き出して処理するという条件で僕の管理下に置く事が決まった。
僕の眼下でモゾモゾと彼女が動き出す。そろそろ目を覚ます時間だ。すでに拘束具は外してある。
「……起きた?」
「また私、」
「あー、思い出さなくていいから。とりあえず何か食べな。オマエ痩せすぎ」
彼女を抱き起こし、寝癖のついた後ろ髪を手櫛で梳いてやる。誰のためにそうしているのかは知らないが、手入れが行き届いた美しい髪だ。僕の胸板に上体を預けたまま嫌がらないので、気が済むまでそれを続ける。
「まだ僕のこと好き?」
「うん、好き」
傑よりも、という言葉は飲み込んだ。そのまま唇を重ね、せっかく起こした身体を再びシーツへ沈めていく。指を絡めると、彼女の方から強く握ってきた。
口付けを続けながら肝心なことを話さない舌を絡め、のどの奥まで犯していく。薄目を開けると苦しいのか、なまえの目尻には涙の粒が浮かんでいた。それでも僕に止めてやるつもりはない。傑の事など考える余地もなく、彼女の脳内を僕の存在で埋め尽くすように塗り替えなければならないからだ。
これはなまえが自分自身にかけた呪いだ。そうでないと記憶をトリガーに発動する不確定な呪いなど説明がつかない。百鬼夜行に巻き込むまいと箱の中になまえを眠らせたのはおそらく傑だが、その傑が死ぬ事を発動条件に選んだのはきっと彼女である。
なまえはかつて僕の恋人だった。たった一言、いや話せなくてもいい。強要されたと伝えてくれさえすれば、彼女を想った僕の十年は全て報われる気がする。
だって僕は二人が過ごした十年間を、永遠に知ることが出来ないのだから。