私の訴えには聞く耳を持たず、他の何に目をくれるでもない悟は、真っ直ぐフロントへ向かい簡潔に宿泊手続きを済ませた。週末の夜、当日にこれほど手際よく部屋を用意してもらえるとは思えないので、事前に押さえてあったのかもしれない。尋ねたくても、私達の間に流れる重苦しい空気がそれを許さなかった。
ホテルマンからカードキーを受け取り、彼は私の手首を掴んだまま引き摺るようにしてエレベーターへ乗り込む。密室でさらに私達しかいないのに、悟はなお一層握る力を強めた。私の表情が歪んでも、優しいはずの恋人は気付いてくれない。
降りた先でも客室番号すら知らせてもらえず、さらには右も左も分からず立ち止まる私を他所に、悟は無言で再度私の腕を引いた。彼と歩幅が合わなくて足が縺れるなか、廊下の突き当たりが見えて不安が大きくなる。
悟は奥から二番目の部屋の前で、突然立ち止まった。続けて慣れた手つきでカードキーを使い部屋の扉を開けると、私を室内に引きずり入れる。
そして真っ暗なまま、彼は私を抱きしめた。私に有無を言わさずここまで連れてきた力ですら、いくらか加減されていたものだと思い知る。
「なまえ」
悟はか細い声で私の名前を呼んだ。私はかつて、こんなにも弱々しい彼の声は聞いたことがない。自分も苦しかったが、私がこの人をなんとかしてあげなければ、と思った。
「……ぁっ、痛、」
しかし体格差も相まって、悟が私を掻き抱くほど骨が軋み、ついには苦痛として声をあげてしまう。彼は驚いたのか身体を跳ねさせた。そうすると私に触れるいつもの加減を思い出したのか、次第に腕の力が緩んでいく。
「……俺のこと怖い?」
「怖くないよ。他の誰よりも大好き」
少しだけ自由を得た身体で、私は恋人の背に手を回した。いつもは大きくて広い背中なのに、私に合わせて丸めていることもあって今夜は酷く頼りない。宥めるようにそこをさすると、彼は少しだけ体重を私に乗せた。
「悟は私をどうしたいの?」
「とりあえず抱きたい。オマエが俺のだって実感したい」
「私のこと好き?」
「マジで好き」
ほっぺたがくっつくような距離で「じゃあいいよ」と私は囁く。私も私で、悟には特別甘いのだ。
:
息絶え絶えになるような激しいキスの真っ最中なのに、彼は的確に私が身につける衣類を剥いでいく。最後に足からショーツが抜き取られると、悟はそれを広いベッドの足元に放った。だがその軌道には目もくれず、迷いなくぐずぐずのナカに指を入れられる。
負けずと私も彼の下腹部に手を伸ばすと、キスだけで十分に勃ち上がっているようだった。下着越しだが固さを確かめるように触ると、その仕返しと言わんばかりに外の突起も親指でぐりぐりと押された。もちろんナカと同時にだ。私の喘ぎ声が悟の咥内に響く。
「……もういいよね」
ふにゃふにゃになった唇からは半端な返事しか出来なかったが、この部屋に連れてこられた時とは違って、彼はとても楽しそうだった。今さらだがカーテンも閉めず事に耽っていたため、私達の裸体を照らすのは街の夜景である。青白い光に照らされながら、残りのわずかな衣服を脱ぎ捨てた悟は、ベッドに沈んでいる私の脚を持ち上げた。
「さとる、待って」
「何?」
「私達まだ学生だよ」
先っぽを押し当てた彼を止めた理由は、避妊具が装着されていなかったからだ。私達は避妊具なしで行為に及んだことはない。夢みがちな将来の約束とは別に、今の年齢や立場が大前提にあって、私にとって着けてもらうのが当たり前で。優しい恋人も過去にそんな素振りを見せたことがなかった。
「だから何?俺も今年十八だし、責任って言うなら出来ても出来なくても一生オマエのこと養うくらいの甲斐性はあるつもりだけど」
悟はそう言うと、そのまま私の膣内へ自分のモノを押し進めようする。大きな左手はすでに私の腰を鷲掴んでおり、わざとらしく伸びた指で臍の下をグッと押した。
「ぅ、はあ……」
これくらいのことで吐息が漏れるくらい、私は十分すぎるほど高められていた。己の欲求に従い、私は彼を受け入れてしまいそうになる。気持ちは別方向に向き始めているのに、貫かれたら一瞬で私は最愛の恋人を許してしまうのだろう。快感を知った身体は彼を求めていた。
それを見た悟は恍惚の表情を浮かべる。彼の思惑通りぬかるんだ入り口を雁首が滑ると、私はまた堪え性もなくはしたない声を漏らした。自分でも本当に情けなく思い、泣きたくなった。それから間もなくしてベッドが深く沈む。
けれど、なけなしの理性が抵抗を示した。ぬちゃっという粘膜質で卑猥な音に蓋をするよう、私は力いっぱい彼を蹴った。
「……」
地上からの星くずのような光の数々に、胸がグッと苦しくなる。これくらいの力じゃぴくりとも動かなかった悟は表情を消し、とても冷たい目で私を見下ろしていた。都会の夜は美しく、私にとって眩しすぎた。
:
「これやだぁ、あっ、あっ、」
泣きじゃくり四つん這いから前のめりになる身体を追いかけるように、悟は私に覆いかぶさった。逃げ場がないまま押し上げられ、ついには私が完全にベッドに倒れ込んでも彼は抽送を続ける。
「こんなに奥まで挿れた事なかったもんな」
「奥っ、いやっ、抜いて……!ひゃっ、」
「ちゃんと慣らしてこうな」
労わるような言葉に反して、行為は激しさを増すばかりである。彼を蹴ったあと、今度は全身を使って抵抗するものだから私は身体をひっくり返され、後ろから貫かれたのだった。
「またイく?俺もそろそろ出そう」
「だめっ、出しちゃっ……あっ、あ!」
私の身体の痙攣を抑えつけるようにして、彼も一瞬身体を強張らせた。そしてゆるゆると力が抜け、私の背中にのしかかっていた体重が離れていく。この人を愛しく思う気持ちは変わらないのに、やっと解放されたと思ってしまった。
けれどスプリングが大きく軋んだだけで、悟は私のすぐ隣に寝転んだ。未だに余韻から抜け出せず、同じ体勢でいる私を彼は抱き寄せる。それでもこの部屋に来たばかりの頃とは違い、肩を滑るその指はしっかり愛情が含まれた大きくて優しい私の大好きな手だった。
「これでなまえは俺から離れられないよな」
言葉の意味が分からない私ではない。射精の瞬間よりも、溢れた精液が皮膚を伝う感触でナカに出されたのだと実感する。自分の体液でないせいか、太腿に垂れ落ちる時にやけに冷たく思った。
「……こんなことしなくても離れないよ」
「うん、知ってる」
それならばどうして、悟は私の気持ちを聞いてくれないのだろう。同意を求める言葉があったのならば、私はきっと彼を拒めなかった。私は彼を愛している。
押し当てられるようにされた悟の胸板はしっとり汗ばんでいた。目蓋を閉じると、私の頬には再び涙が流れ落ちる。彼はそれ以上何も言わなかった。
悟が離反した親友に遭遇していたと私が知ったのは、彼が変わったと周りに指摘されだした頃だった。