「ん?なんも?」
任務終了後の昼下がり、高専の先輩術師とそのまま街を歩いていたときの事だった。交差点の奥、向かいのカフェの窓際カウンター席にいる女。制服ではなく私服姿だが、見間違える訳がない。たった三人しかいないクラスメイトのうちの一人、五条なまえである。
同じ苗字だが親戚でもなんでもない、彼女と俺は赤の他人だ。それでもただでさえ少人数のところに珍しい苗字が二人揃ったせいか、未だになまえは御三家である俺の親族と勘違いされる事も多い。さらに運悪く彼女の生まれ持った術式のせいで、高専の上層部と共謀した五条の遠い親戚には、先日とうとう拉致されかけた。
だからそれ以降は、前にも増して気にかけてやっているつもりだが……。明らかに高専関係者ではない、スーツ姿の中年オヤジと横並びで談笑するこの風景は、同級生として俺はスルーしても良いのだろうか。
世間一般論として不審がられる組み合わせではあるが、やましい関係性でないからこそ、こうして二人は公共の場で堂々としていられるのだろう。しかし相手は少なくとも彼女の父親ではない。高専入学前にアイツの両親は呪霊に殺されている。だとしたら——。
なまえが鞄から出した携帯を操作し、オッサンは顔を寄せてそこを覗き見た。互いに警戒心が薄く、異様に距離が近い。身内か?
だが百歩譲って親戚だとしても、こんな若者向けのチェーン店の人目につく席を選ぶだろうか。しかもオッサンはサラリーマン的なスーツ姿で、時間帯も時間帯なので普通に考えて仕事中じゃねーのか。
「ねえ、アレ。五条さんじゃない?」
妙に鼻につく言い方だった。信号待ちのあいだ中、隣でぺちゃくちゃ喋り続ける女の話半分に、そこへ視線を注ぎ続けていたのだ。不自然に思われても仕方がない。
そもそも高専生の連中は、俺がいると大抵なまえのことは下の名前で呼ぶ。だから呼び方からして、コイツは元々彼女に対し好意的ではなかったのだろう。
返事をしない俺をよそに、女は嘲りを含んだ笑みを浮かべた。
「なんか距離感キモくない?」
気付いたときには、俺は勝手に組まれていた腕を強く振り解いていた。せめて去り際に「オマエもな」と口にしなかった事を褒めてほしい。
:
無限を張り人混みをかき分けるように、俺は横断歩道を渡る。今日の任務の時ですら、これほど急く気持ちにはならなかった。
入店後、茶色で統一された注文カウンターを通り過ぎて、なまえがいるであろう窓際の席へ俺は足先を向ける。満席に近かったが狭い店内であったため、すぐに二つ並んだ肩を見つけた。
「……なまえ!」
思いの外大きな声が出て、余計な視線も集めてしまう。が、周囲など気にしていられず俺が見つめているのは、ただ一点だけだ。
「!五条くん、偶然だね」
華奢な肩がこちらを振り返る。そして逆光だが、形のそっくりな四つの目が俺を射抜いた。そっくり??
「同じ学校の五条悟くん。さっき言ってたクラスメイトで同じ苗字の。こっちは伯父です。出張で東京へ来てて、帰る前に顔を見に近くまで寄ってくれたの」
気付かぬうちに握っていた拳から、ゆるゆると力が抜けていくのを感じた。空調を整えるための冷風が、俺の冷静でない頭に集中的にあびせられる。
「いつも姪がお世話になってます。——じゃあ、もう行くからお友達にも」
そう告げたなまえの伯父だというオッサンは、カウンターに千円札を置くと間もなく席を立った。そして最後に彼女と一言二言会話をして、立ち尽くしたままの俺にも愛想良く笑いかけながら、キャリーケースを引き店を出て行く。とても短い時間の邂逅だったが、気弱そうな雰囲気はなまえと同じものを感じ取ってしまった。
「前にオマエ、身寄りがないって」
改めて彼女がオーダーをしに行ってくれた、甘くてでかい飲み物に突き刺さったストローを俺は啜る。席は伯父さんのあとをそのままで、窓際カウンター席に俺となまえは横に並んだ。
「大袈裟な言い方だったね。私の両親は死んじゃったけど、決して天涯孤独とかではないんだよ。今のは母方の伯父で父方の叔母もいるし、いとこだって四人。祖父はいないけど、祖母は二人とも健在だし」
「……そいつらと一般人として暮らす選択肢はなかったんだ」
「みんな遠方に住んでて、昔から年に数回会えばって関係だったから、わざわざその近くに進学してとは考えなかったかな」
「そっか」
半分以上減っているが、俺と同じラテをくるくるとかき混ぜ、溶けかけのシャーベットを彼女は口に含んだ。頭にキーンと来たと言って顰めた横顔ですら、やっぱり可愛いと思ってしまう。本当に重症だ。
すると突然、くりんとした大きな目が俺を見上げた。
「そういえば五条くんは、なんでこの辺りにいたの?制服だし任務帰りとかだった?引き留めちゃってごめんね」
「……別に。暇だからフラフラしてただけだし。これ飲んだら帰ろうぜ」
「うん!」
身寄りがないというのは、中学三年でそうなってしまったなまえにとって大袈裟でもなんともない、ただの事実であった。
だから同じ場所に戻ることを、俺は『帰る』と表現した。呪術高専が、俺達の居るところが、彼女にとって少しでも安心出来る場所になれば良いなと思った。