「なまえいねーの?」
夜蛾先生から任務後に直で、俺は午後の授業に向けて書籍と呪符の準備を頼まれたのだった。持ち出しに二人以上の術師の確認が必要な場合があるので、俺と誰かあと一人。少なくとも半時間、広い高専内を共に移動することになるだろう。
「さっき二年の女子の先輩達から、ちょっとだけ手貸してーって呼ばれて出てったよ。中庭にでも居るんじゃない?電話してみれば?」
硝子に促され、発着信履歴からなまえを呼び出す。すると置きっぱなしになった鞄の中から、聞いたことのある着信音が少人数の教室に鳴り響いた。無用心にもほどがあんだろ。というかアイツは他人を信用しすぎだ。傑も硝子も苦笑いしていた。
「……向こう見てくるわ。担任からの雑用だから、もしなまえが戻ったら俺に電話してって言っといて」
「わかったー」
二人とも暇そうにしてるくせに、社交辞令だとしても任務直後の俺に『代わりに引き受けようか』の一言もないあたり、やはり我の強い術師だと思った。
なまえはわりとすぐに見つかった。硝子の言った通り中庭で、彼女は先輩達と式神を動かしていた。太陽が真上から射すこんなクソ暑い時間帯によくやるな。
しかし近付いてみると、遊び半分かと思いきや想像していた以上にみんな真剣な表情をしている。さすがにここへ割り込んでなまえだけ引き連れて行くほど、俺も自分勝手に生きてはいない。
俺は仕方なく来た道を引き返した。雑用は可能な限り俺だけで済ませて、困ったら傑あたりに電話しようと思う。
とりあえず一つ目の用事を済ませたところで、ポケットのなかの携帯電話を確認するがなまえからの折り返しはない。借りてきた呪符を教室に置きがてら、俺はもう一度中庭を通る事にした。
するとその道中、キャッキャと楽しそうな声が耳に入る。そちらへ足先を向けると、彼女は自販機の前で先ほどの先輩達と楽しそうに喋っていた。暦のうえでは秋といえど、暑さで集中も続かなかったのだろう。シャツを腕まくりし、全員冷えた炭酸飲料を手にしていた。
遠目になまえと目が合う。割り込んでいくのも躊躇われるため、俺は軽く手招きしてみた。途端、彼女はキョロキョロと両脇の先輩を様子を窺う。正しく俺の意図は伝わったようだ。
だが待てど暮らせど会話は途切れるどころか、隙なくさらに盛り上がりを増している。いい加減ソワソワしだしたなまえは得意の困り顔で一人の先輩を見上げるが、ヨシヨシと頭を撫でられ惨敗に終わった。他人から好かれる才能はピカイチのようだが、俺は一体何を見せつけられているのだろうか。
そう思った時には前に一歩踏み出していた。俺はズカズカとその中に分け入り、なかなか話を切り上げられないなまえの細い手首を掴む。
「担任から頼まれごと。行くぞ」
背中にくらったからかい文句は冷やかしに近かったが、俺の純朴な心をえぐるものだったので、聞かなかった事にした。
そのまま図書室へ向かいなまえから手を離さないまま、俺は的確に指示された書物だけを選び取る。軽いものだったのでそれを彼女の片手に持たせて、再び教室を目指した。
道中はせっかくの二人きりで決して短くはない道のりだったが、なまえは俺の顔色をのぞき見る仕草をするものの、虫の居所が悪いと思っているのか必要以上に話しかけてこなかった。かと言って今さら俺からも歩み寄れず。重苦しい空気が俺らを包んでいる。
もう教室前だ。さすがにこのまま扉を開けると、浮かない顔をしたなまえを見て傑や硝子から要らぬ疑いをかけられそうなので、俺は彼女の華奢な手首から手を離した。
「お疲れさま」
ねぎらいの言葉を掛けてくれたのは、文庫本から顔を上げたばかりと思われる傑だった。けれど、それがギョッと驚いた顔に変わる。
「どうした——」
「なまえ、アンタその腕大丈夫?」
立ち上がりそばまで駆け寄って来た硝子が持ち上げた細い手首は、俺の手形で真っ赤になっていた。
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「きゃっ」
「危ね、痛っ!」
「だからお触り禁止だって」
俺の伸ばした指先が傑によって叩かれる。元々ベタベタ触れているつもりもなかったが先日の件以降、監視の目が異様に厳しくなった。
もちろん俺も反省はした。それに当人からも「皮膚が弱くて軽く掻いただけでも赤くなるから気にしないで」と赦しを得ている。
けれどクラスメイト二人は許してくれなかった。優しく丁重に扱えるようになるまでなまえに寄るなってどんな罰則だよ。
「アイツすっ転んでんじゃねーか」
「いつも転ばせてもらえないからね。受け身の練習になって、それはそれでいいんだよ。それにまた君の手形が残るよりマシさ」
「ケッ!」
砂埃が舞うなか、傑が差し出した手に彼女が自身のものを重ねる。あ、繋いだ。まあ引っ張り起こしただけなんだけど。
あーなんでこんなに羨ましがってんだろ、俺。