結局のところ、あの小っ恥ずかしい告白が全てであった。だから詳細を話す事によって再び少女の不安を煽りたくもなかったので、当人同士の事と言いながらもなまえには席を外してもらった。そして僕が彼女の両親と話を終える頃には、日付も超えて深夜と呼べる時間帯となっていた。
 結論としてはほぼ思惑通りで、いくつかの制約を作ったうえでなまえを僕のいる呪術高専へ生徒として編入させることで話はまとまった。だが僕が良案だと思っていたものは、一人娘を嫁に出す苗字家からすれば理不尽な条件の落としどころになっただけで。現状では彼女の両親から、是非そうして下さいという快い返事は貰えなかった。そのうえで「娘をよろしくお願いします」と言って、二人は僕に頭を下げた。

 時間も時間なので今夜は苗字家に泊めてもらう事になり、僕は年配の女中に和室の一室へと案内される。当然だがなまえが通してくれた部屋とは全く別の部屋だ。風呂トイレ付きと言うのだから、完全に来客用の個室なのだろう。
 あれ以降、幼い婚約者は僕に顔を見せない。きっといつ呼ばれてもいいようにと、あの格好のまま待機を命じられていただろうが、すでに疲れ果てていたので自室のソファーで身体を丸めて眠っている気がする。どんなに見繕い、どんなに大人びた振る舞いを見せようとも、あの子はまだ子どもだ。
 扉が閉まったところで、さすがの僕もやっとひと息つく。ここへ来る前は少女の言質さえ取ってしまえば、あとは僕の力でなんとでもなると思っていた。しかし何にせよなまえの気持ちが伴わない事には、こちらが思い描く関係性など築いてもらえないのだとよく分かった。
 寝支度を整え、灯りを落とす。すると意識を手放すのは一瞬だった。そして僕は夢を見る——。

 眼前に広がるのは、見覚えのある実家の天井だ。和室には柔らかい陽射しが差し込み、外は明るい時間帯のはずなのに、なぜか視界の端の方から暗くなっていく。
 すると誰かに顔を覗き込まれた。黒いモヤが掛かっていてはっきりと姿は見えないが、呪力の色はなまえのものである。
 あまり感覚はないが体勢から想像するに、彼女の膝の上に頭を乗せているのだろう。優しい手つきで頬を撫でられて、ぽたぽたと僕へと落ちる雫が拭われる。その手に上から自分のものを重ねると、今度はそこに雨が降った。
「……泣かないでよ」
「————、——————、」
 なまえは何か言っているようだが、よく聞こえない。しかし構わず僕はここでこう言うのだ。
「ずっと愛してるよ」

 目を開けると、眠る前と変わらず僕は苗字家の一室にいた。あの夢はなまえと初対面のときに、僕の脳裏に浮かんだ光景である。自分の死に際を想像する事は難しいが、なぜかあの場の僕はかつてないほど心が満たされていた。
 感覚的にも数時間眠っただけで、外はまだ朝を迎えていない。日が昇り、このままなまえを入学手続きのため呪術高専へ連れて行くと言ったら、また少女の両親は怪訝な表情を浮かべるのかもしれない。
 それでも僕は、月のない空のため夜明けの明星に、あの子と生涯を通して一緒に居られたらいいなと願うのだった。
New moon B