「あー、酔って寝ちゃったみたいなんだよね。起こすのも可哀想だし、僕も向こうの席に戻りたくないからこのままでいいよ」
 何度目かの声掛けに対し、肩に凭れかかった私の頭をぽんぽんと撫でて、五条さんは慣れた風に言葉を返す。泣きべそをかいてしまった顔を周囲には見せられないため、私はこうして彼の肩を借りていた。
 とはいえ完全に五条さんに絆されてしまった私は、それを彼から離れられない言い訳にしているに過ぎない。五条さんの言葉全てを鵜呑みにしたつもりはないが、この人の嘘に口説かれるのならば、それでもいいと思えた。
 私がもぞもぞと動くと今度は肩の上から腕を回されて、彼の脇腹に凭れかかる体勢になる。先程までは私が勝手に寄りかかっていたに近かったが、彼の腕が乗ったことによって一気に密着感が増した。
 五条さんに憧れている人間は多く、こんな風に堂々とくっついておいて今さら顔も上げられないし、筋肉量のある腕はしっかりと重量感もあって簡単に振り解けそうもない。私はまた自分に都合のいい言い訳を掲げる。
 それでも離れたいという気は全く起きなかった。時折彼と会話を交わす人間がいるなかで、目をつむり内心ドキドキしながらも、私は寝たフリを続ける。

 そのうちラストオーダーという声が掛かった。整った顔はそちらに向けつつも、腰に回された手はすりすりとそこを撫で続け、時よりお尻に近い位置まで指先が触れる。体格に比例して彼の手は大きく、その存在感を意識せずにはいられない。さらに、つーっとなぞるように中指が降りてきたと思えば、際どいところをゆっくり長い指が這う。それには思わず下ろしていた瞼をあげて、私は彼を睨みつけた。
 だが五条さんは、相変わらず五条さんだった。私は怒っているのに、ご機嫌な表情のままこちらに顔を近付けると「今から誰に何言われても、へべれけのフリして『大丈夫です』で返してね」と念を押す。よく頭の回る彼には、この後の流れが手に取るように分かっていたのだろう。
「ご迷惑をおかけしてすみません。苗字はこちらで引き取りますので」という同僚に対しては「今夜は僕も高専の自分の部屋へ帰るから、仮眠室にでも寝かせておくよ」と答え。
「それでは店の前に車を回してきます」と言った伊地知さんには「二次会のあとの方が、足がなくて困るかもしれないから僕はいいよ。楽しんでおいで」と、スマートに断りを入れていた。
 私にも同期から「五条さんからいい加減離れな」「ほら帰るよ」と窘められるが、全てに言われた通り「大丈夫です」と返事をしていると「あんまり大丈夫じゃないから僕が連れて帰るね」と、最後は彼によって上手く丸め込まれてしまった。



「もう普通に歩いていいよ」
 冬の夜の煌びやかな街を、私達は駅の方へ向かっていた。ようやく集団から離れられたところで、下向きでよたよたと歩く私に声が掛かる。彼の言いつけ通り私は酔っ払いを続け、わざと五条さんに支えられた格好で店を出た。
 けれどいま彼のとなりにいる罪悪感は意外にも小さく、期待に膨らんだ心の横で優越感がほんのちょっぴり顔を出している。五条さんは特別だ。それを知ってなお、気持ちを抱き続ける私は救いようのない愚かな人間なのだろう。
 顔を上げると、電飾で輝く街路樹に目が眩む。街はもうすっかりクリスマスムードに染まっていた。私の吐いた息も彼が吐いた息も平等に白く染まる。輝かしい光に見惚れるなか、冷たい風が吹くと鼻先がツンとした。
 変わらず腕は組まれているが、五条さんの歩みは止まらない。綺麗な横顔は真っ直ぐ前だけを見ており、まさか本当にこのまま帰るつもりなのだろうかと、私はある意味不安を抱き始めていた。彼の袖をひいて、目的地はどこですかと直球で聞けるほど、私も無垢で可愛い女の子ではない。
「着いちゃったけど、なまえはどうする?」
「へ?」
 しかしなんの脈絡もなく、五条さん足を止めた。そこは大通りに面した、立派な宿泊施設と思われる建物の前だった。
 ニッコリと楽しそうに笑った彼は、一応私に選択肢を与えてくれているものの、軽く手を引かれると簡単に足は動いてしまう。自動で開いたエントランスをくぐると、街のざわめきとは一転してとても静かで高級感溢れる空間に私は思わず息をのんだ。

「……お部屋、もともと取ってあったんですか。金曜の夜なんて当日じゃ、どこもいっぱいですよね」
 奥のフロントは有人のようだが、彼が機械で自動チェックインの手続きをしている横で、可愛くないとは思いつつ嫌味のつもりで私は問う。手慣れた操作にも、こうして何度も他の子を連れ込んでいるのではないかと不信感が募った。
「まさか。金に糸目をつけなきゃ、都心でも別に部屋なんていくらでも空いてるよ。ほら行くよ」
 けれど、五条さんに全く悪びれる様子はない。手続きを終えた彼に手を繋ぎ直されると、私は簡単にエレベーターホールまで誘導されてしまうのだった。
#02