そして僕はリカちゃんの解呪後、四級術師への降格が決まった。みんなには優しい言葉を掛けてもらったが、自責の念は消えていないし、償いの意味を込めての協力も惜しまないつもりだ。けれどまた新たな気持ちで、みんながいるこの場所で、再出発を祝ってもらえることが何よりも嬉しかった。
そのうえこのような状況下でも学長の配慮があり、今日は五条先生の引率で普段は実戦禁止の苗字さんも含めた一年生全員で、任務にあたる事になっている。なんでもこれだけ大所帯なのには理由があって『冬休みのうちに学校の大掃除を終わらせなければならないから』だそうだ。
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「真希とパンダは三階、棘と憂太は二階、僕となまえで一階とグラウンドを担当する。体育館にはでかいのがいるから、早く終わったチームが向かってね。基本雑魚ばっかだと思うけど、もしもピンチになったら校庭側の窓を開けて大声で叫ぶこと。あと廃校とかじゃないから、建物の破壊は最小限にだってさ」
帳が下りて辺りが闇に包まれゆくなか、後ろ手を組み僕ら生徒を先導する五条先生は、のんきに指示を飛ばす。大掃除とはよく言ったもので到着後まず視界に入ったのは、任務地の高校を取り囲むように飛び交う蠅頭の大群だった。
おまけに奥の校舎からはさらに良くない気配がプンプンと漂っており、それも場所が絞れないほど至る所に。つまり経験の少ない僕でも、一ヶ所に発生する呪霊の数としては異常だと分かるくらいに盛り沢山であった。
「都内屈指の進学校らしいんだけど、それ故のプレッシャーかな?生徒は入れ替わってるはずなのに、きっちり祓っても数年経つと絶対に湧くんだよねー」
五条先生が足を止めたと同時に、右から現れた呪霊を真希さんが。左から現れたものをパンダくんが、それぞれ一撃で祓った。
奇声を発しながら呪霊だったものは崩れ落ち、塵となって消えていく。三級程度のものだと思うが、それでも嫌な気配の数としては全く減らなかった。どうやら先は長いと予想される。とりあえず僕も構えた刀から手を離した。
すると今度はいきなり背後から「ごめんなさい」と、か細い声が発せられる。うしろを振り向くと、それはいつの間にかピタッと背中に張りついていた苗字さんであった。不安気な表情でキョロキョロと辺りを見回しており、小さな身体は心なしか震えている。
「大丈夫だよ、慣れてないもんね」と僕は返した。少しでも不安が和らいだら、と思ったからだ。しかし任務に関してはそうであるが、彼女が呪術師の家系の出身だったことを思い出す。
それでも彼女の仲良しの真希さんは先陣を切って前へズカズカと進んでいるし、チームでの祓除が始まるまでは僕がそばにいてあげた方がいいのかなとか、今からでも帳の外の補助監督さんのところへ戻してあげた方がとか、体調があまり良くなさそうだと先生に報告するとか。お節介かもしれないが、色々な考えが頭に浮かぶ。
だが苗字さんはペコっと僕に向けて一礼すると真希さんのいる前方へ、てとてとと駆けて行った。実際一年生のなかで、誰よりも逞しく頼り甲斐があるのは真希さんだと、僕も思う。
昇降口に吹き溜まった蠅頭を狗巻くんが呪言で一掃し、全員が校舎内に入ったところで各階チームに分かれての討伐となった。二、三時間を目処にと五条先生は言ったけれど、これだけ呪霊の数が多いとスタミナの配分を考えながら、いかに効率良く祓っていくかが重要となってくる。意外と策士なパンダくんは、さっそく真希さんに事細かく指示を与えていた。
こちらのチームの作戦は、僕が囮となり低級呪霊だけを集めて、狗巻くんにまとめて祓ってもらうという単純なものだ。もちろん彼の喉に負担をかけない範囲で、というのが大前提にある。自分のせいで大事な仲間が傷つく姿はもう見たくない。
五条先生と苗字さんに見送られながら、すでに階段を登り始めた二人に続いて僕らも段差に足をかけた。そして階段の踊り場にさしかかり、いよいよ始まる任務に気を引き締めようとしたそのとき。
「——僕から離れちゃダメだよ」
やけにはっきりと耳に届いた言葉に、僕は上階へのぼる足を止めてつい後ろを振り返ってしまう。するとちょうど苗字さんの指先が、五条先生から差し出された手に重なる瞬間だった。
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リミットの三時間ぎりぎりで、なんとか僕らは任務を終えることが出来た。低級呪霊ばかりでもなかなか作戦通りとはいかず、幸い大きな怪我はないものの僕は狗巻くんの喉を枯れさせてしまった。
真希さんとパンダくんはまだ口喧嘩をする元気はあるようだが、疲労感からか次第にその声も小さくなっていく。五条先生からは各自反省点を洗い出し、今後に活かすようにと指導された。
校舎を出ると帳が下りた空は灰色で、チラチラと雪が舞っていた。グラウンドはあれだけいた蠅頭が綺麗さっぱりいなくなっており、改めて外から建物を見上げると一見普通の高校に戻っている。
その風景を見て、僕は変わらず生活しているであろう故郷の妹を思い出した。受験戦争はこれからが本番のようだが、全員が実力を出し切り決して負の感情が他人を陥れるようなことだけはないようにと願った。降り続く雪の粒が頬にあたり、僕の体温で雫となって流れ落ちる。
「もはや最近隠す気ゼロだよな」
言葉の意味がわからなくて、僕は声の主である真希さんの方を向いた。けれど目線が合わなくて彼女の視線を追うと、その先には五条先生と苗字さんがいた。二人は並んで歩いており、舞い落ちる際で不自然に弾かれる粉雪と同時に、彼女の肩に添えられた大きな手に僕は気付く。
苦笑いとともに白い息を吐きながら、僕らも補助監督さんが待つ帰りの車を目指した。