学長にはなまえも連れていくのかと、怪訝な顔をされた。普段は僕の都合で彼女を任務に出られないようにしているのだから、ずいぶん身勝手な言い分だと思ったのかもしれない。
けれども自分だけ高専へ残されるとやはり寂しそうにしていることや、その割には彼女が呪霊に怯えたことなど、僕は言い返すようについ口を滑らせてしまった。すると恩師はさらに顔を顰める。そのうえで自分と一緒のときに限るなんて言うものだから、結局は全てが僕のエゴでしかないのだと見破られているようだった。
全員が大きな怪我なく任務を終えたことを確認し、粉雪が舞うなか僕はなまえと並んで帰路を歩いていた。そしてこのあとは、久しぶりに自分も高専の部屋に帰るだけだと彼女に伝える。すると少女は少し考えるような仕草をしてから「一度自室に戻って、着替えてから伺ってもいいですか」と言って、こちらを控え目に見上げた。
ダメじゃない。けれどそれは、僕の部屋の半分を占める彼女の私物ではいけないのかと問いたくなった。余裕のない大人だと思われたくないから納得したフリをして引き下がったが、僕からすれば幼い婚約者をそのまま部屋へ連れて帰りたくて、それでも一応同意を求めたくて呟いた言葉だった。
僕から離れて、真希と一緒に女子寮へ入っていく小さな背中を見送る。僕の内側に招いた彼女には白雪の一粒も触れさせなかったが、自分の腕を傘代わりにしながら友人に冷たいねと無垢な笑顔を向けられると、なんだかとてもやるせない気分になった。
結局なまえが僕の部屋を訪ねたのは、それから一時間半もあとのことであった。
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「——さとるさん?」
うつらうつら夢見心地でいたところ、目を開けると心配そうに僕を覗き込む少女がいた。元より在室中でもチャイムは鳴らさなくて良いと伝えてあるので、合鍵を使ってそのまま奥の部屋へ入ってきたようだ。
ソファーから身体を起こし伸びをするつもりで腕を広げると、そこに小さな身体が擦り寄ってくる。頭を撫でると髪はつやつやとして、任務で冷えたであろう身体はホクホクと温かかった。
「シャワー浴びてきたの?」
まあ僕もだけど。腕を回して自分の膝の上に少女を抱き上げてから問う。幼い婚約者は何をされたのか分かっておらず、最初はキョトンとしていた。それから数秒後に、肯定を示す意味でこくりと頷く。
だがひねくれ者の僕は、こちらを見つめる無垢な瞳に「それでももう少し早く来てほしかった」と口走った。先程自分が物分かりの良い大人を演じたことは、もう都合良く忘れている。
以前にも増して、なまえに対する執着が強くなっていることを僕は実感していた。傑の件がきっかけかと問われれば全てがノーとは言い切れないが、あれから彼女を失いたくないという気持ちは殊更強固なものとなった。
自分の表情が険しいものになっているのだと、分かりやすく萎縮する少女を見ながら思う。怯えさせるつもりなどないのだが、いつものように大人の余裕とばかりに、へらりと笑ってやることは出来なかった。
「……ごめんなさい」
しかし消えそうな声でそう言いながらも、なまえはふにゃりと表情を緩めてみせた。僕がツンと口先を尖らせると、教えていないのにこちらのご機嫌をとるように、ふにっと少女の唇が重なる。背中に腕を回して抱き寄せると、彼女は僕に身体を委ねた。
「そういえば。下拵えしたお野菜やお肉を一通り持ってきたんですけど、さとるさんは何か食べたいものありますか?」
次の段階へ進もうかどうか、キスの合間でなんとなく見つめ合っていると、幼い婚約者はふと思い出したようにテーブルの上の大きな紙袋に目線をやった。最初から僕の視界にも入っていたが、なまえはいつも荷物が多いので特段気に留めていなかった。彼女を抱きしめたとき、シャンプーの香りだけではないと思っていたが、まさかその中身が全て手の加えられた食材だとは。
けれど一度意識をそっちに持っていかれると身体は正直で、幼い子どものようにぐぅと僕の腹の音が鳴る。昼に食事をして以降今日は合間で甘いものも何も食べておらず、今更ながら夕飯にはちょうど良い時間帯になっていた。
「……鍋とかがいい。味はなんでも」
「それならすぐ出来ます。ここ最近は特にお疲れのようですから、さとるさんは休んでいて下さいね。私、準備してきますから」
そう告げるとなまえは僕に預けていた身体を起こし、持参した食材全てを持ってキッチンの奥へ消えて行った。彼女の言葉で、この数日はいつも以上に眠れていなかった事を思い出す。
だから心も少し不安定になっていたのだろう。キスをして、ただ抱き合っていただけなのに、ほんの少し離れた途端になまえの体温が恋しくなった。少し歩いて腕を伸ばせば、彼女は僕の手の届く場所にいるのに、だ。