「これ全部なまえのだから」
 久しぶりに戻ってきた高専で廊下を歩いていると、ちょうど良かったと言わんばかりに硝子から呼び止められる。そして案内された部屋で彼女が指差したのは、ニヒルな口元のマークが特徴である某通販サイトの、積み上げられた段ボール箱だった。
 山に囲まれた呪術高専内に住居を構える術師は、その利便性の悪さから日用品の買い物など、大手通販サイトを利用することが多い。ただし機密保持のため、高専内は運送業者が入ることの出来る場所が限られている。だから個人宛に届けられた荷物は一ヶ所に集約され、そこから各自部屋まで持ち帰る決まりだ。
 で、だ。硝子曰く、この積み上げられた段ボール五箱全てがなまえのものだと。思い切りは良い方だと思うけど、さすがに買いすぎじゃない?かなり疲れが溜まってる?
「持っていってくれ」
「僕が?なんで?」
 旧友の言葉に、僕は思わず首をかしげる。彼女は僕の恋人だが、なまえが例え買い物でストレスを発散するタイプだとしても、それとこれとは全くの無関係ではないか。
 しかし万年寝不足の友人は、隈を蓄えた顔をこちら向けて言葉を続ける。
「ここ最近ずっと入り浸ってんだろ。生活必需品が二倍減って、食費と光熱費が二倍に増えたってアイツぼやいてたぞ」
 その成果と言わんばかりに、硝子は再度荷物の山を指差した。確かに近頃、彼女が高専にいるときは自分の部屋へ帰らないことも多いが、二倍はいくらなんでも大袈裟だろ。とんだ言い掛かりだ。それに僕、基本忙しいから留守がちだし。
「自分が居ないときにインスタント麺を食い尽くされたって」
「あれは部屋でなまえを待ってたときに食っただけだから。食事の一環!」
「それからあの子気にして、作り置きするようになったらしいじゃん。手間も材料費かさむよねー。あと冷暖房、電気はつけっぱなし。洗濯物は放りっぱなし風呂も入りっぱなし。消耗品は遠慮なしにジャブジャブ使う。そりゃこんだけ頼むわ」
「……」
「オマエは伊地知に運ばせてるから知らんだろうが、台車も借りられるからな」
「はいはい、わかったよ」
 ある時から始まった、わざわざラベリングされた冷蔵庫の中の作り置きのタッパーは、僕への配慮だったらしい。ちょっと泣けた。



 貰った合鍵を使ってなまえの部屋へと帰ってきた僕は、とりあえず入り口に段ボールを縦に積み上げた。そこそこ重さのある箱もあり、硝子に言わせると半分以上は買い足した生活用品らしい。さらにそのうちの一箱は、僕が好きだと言ったドリップコーヒーを箱買いしてくれたようであった。
 そんな思い遣りのある彼女が疲れて帰宅して、玄関のこの状態を見たら一体どう思うだろうか。持ってきてくれてありがとうと、素直に喜んでくれるとは思い難く。職員寮は仮眠用に借りる術師もいるくらいで、ただでさえ狭い場所である。このまま荷物を放置して、僕が奥の部屋でくつろいでいたら感謝されるどころか、少しは片付けておけと怒りが湧くんじゃないか。
 気の利く男と思われて、損な事など何もない。僕は早速荷物の開封に取り掛かることにした。

 見慣れたティッシュペーパーにトイレットペーパー。数種類の衣類用洗剤と食器用洗剤の詰め替え。硝子の言う通り、段ボールの中身は生活必需品で溢れていた。いつもの入浴剤やら茶菓子なんかも買い足されていており、自分もこの部屋の消費に加わっているのだと、僕はここでようやく実感した。
 置き場所が分からないものは後回しにして、ひとつずつ地道に片付けていく。緩衝材を掻き分けて、次は小さな箱が指先に当たった。それは化粧品かと思いきや——
「乳頭保護クリーム??」
 僕はあまりの衝撃に、つい声に出して商品名を読み上げてしまう。先ほど手に取った美白クリームとは毛色が違い、パッケージには授乳中と思われるフォルムのイラストが描かれていた。
 え?どういうこと?確かに手に余るほど大っきいけれど、なまえっておっぱい出るの?ていうか赤ちゃん出来ちゃった?事前準備?それともこれを使って僕とそういうプレイをする感じ?やばくない?
 そんなことを考えだすと、どんどんと楽しい妄想が広がっていく。
「……何やってんの」
 しかしタイミングが良いのか悪いのか、ここで家主の帰宅である。彼女は静かに怒っていた。



「悟、おっぱい星人じゃん」
 結論から言うと、全部僕のせいらしい。赤ちゃんは僕だと怒られた。
 それでも反論させてほしい。なまえの大きなお胸でぱふぱふしてもらうのは大好きだが、行為中それほどまでに乳首に執着した覚えはない。抓ったり引っ張ったり、ましてやヒリヒリするほど吸ったり噛んだりなど断固としてしていない。
 けれども僕のせいだと言い張るとのだから、ごめんね許してと口だけの謝罪をし、後ろから彼女を抱きしめる。するとすぐに腕を振り払われた。わかりやすい拒絶である。こんなことをされると僕も普通に傷つく。
 しかし理由を問うと、これほど怒られた直後でも僕が無意識的に、なまえの胸元に指先を這わせていたからであった。あまりの固執ぶりに自分でも驚きを隠せない。
「……擦れて本当に痛いの。しばらく胸に触れないで」
「しばらくってどれくらい」
「傷が癒えるまで」
 ガックリとなまえの膝上に倒れると、そこを追い払われたりはしなかった。華奢な指先がよしよしと僕の頭を撫でてくれている。主導権は常に持っていたが、こういう風にされるのも実は嫌いでない。
 いつも彼女と居るとき、僕は意識的に術式を解いている。それはきちんと自分の感覚を持って、恋人に触れたいからだ。もちろん相手から触れてもらいたい気持ちもあって、そんな思いを自覚したのは生涯なまえだけである。彼女だけが僕の特別なのだ。
 僕は我慢しきれずに身体を起こす。そして、つい口走ってしまったのだ。
「そんなのさあ、硝子に反転術式かけてもらえば——」
 まずいとは思った。迫り来る指の隙間から、鬼の形相となったなまえの顔が見える。けれどその瞬間には、バチンと乾いた音が響いていた。つまり僕は何年かぶりに、おもっきり頬をぶたれたのであった。

 そして禁断症状を抱えながら悶々とした日々過ごし、遠慮なくふわふわのお胸に飛び込ませてもらえたのが約一ヶ月後で。その間なまえからは常にそっぽ向かれ、同じ空間にいても手すら握らせてくれなかった。
 念願叶って今ようやく、その柔らかい胸に包まれている訳だが。乳首に絆創膏とか貼ってたの?と興味本位の質問をしたら、また触れさせてもらえなくなるのは目に見えていたので、僕はおとなしく口を噤んだ。
彼女の部屋