呪霊の発生はいつも唐突だ。だが救急車の出動台数と同じく、日本では日々一定数呪霊の被害が報告されるため、高専では常に何名かの術師のスケジュールが抑えられている。
そしてそれは学生も例外ではない。呪術高専も普通の学校と同じく、土日祝の休日と学期末を区切る長期休業は制定されているが、一般科目の授業がないだけで実際は任務と休みの繰り返しであり。先日も授業がないのをいいことに、俺や傑なんかは泊まりがけで行った北関東の任務から戻って来た翌日に、とんぼ帰りで東北まで行かされたなんてこともあった。
そんな風に学生の身でありながら、ブラック企業並みの労働を強いられている訳だが。何人たりとも、若人から青春という限りある時間を奪うことなど許されてはいない。
そこは高専側に僅かに残った良心なのか、学生ならではの特権もあり。長期休業となる期間中は事前の休暇申請が通りやすく、スケジュール配布前に理由を添えて提出すればほぼ確実に希望日に休みを取得できる仕組みになっている。あからさまな遊び目的でも一日二日程度なら、あの夜蛾先生ですら大目に見てくれた。
「——そんじゃあさ、せっかくの春休みだし思い出作りに京都とか行かね?」
話は戻って、世間は春休みかと呟いた硝子の会話を広げるつもりで、俺はこの場にいるクラスメイト三人に尋ねた。ぶっちゃけ打算ありきの誘いである。しかし掴みは悪くないようで、それぞれ暇つぶしに弄っていた携帯電話から顔を上げた。
「なんで京都?」
「良い所だろ、京都。春は特にオススメ」
硝子の問いかけに、俺は努めて笑顔で返す。ちなみに今回、他の候補地や途中下車などはない。行くのは京都オンリーだ。
「それは知ってる」
だがテンション上げ気味なのは俺だけで、あまり周囲の反応が芳しくない。怪しまれてはならないと思いつつも、俺は全員の表情を窺う。
すると疑い知らずのなまえだけは、相変わらずきょとんとした顔を浮かべているものの、他の二人はすでに訝しむように俺を見ていた。どうやら親しくなるにつれて失う信用もあるらしい。
「ただ遊びに行く訳じゃないんだろ?」
今度は足を組み替え、体勢を変えた傑が口を開く。オマエだけは俺の味方だろと睨みつけてやったが、すぐにプイッと顔を逸らされてしまった。先日、蕎麦つゆに多めのわさびを混ぜ入れたことを、未だに根に持っているのだろう。どうもまずい展開だ。最低でもコイツを引き入れないと、到底あとの二人が来てくれるとは思えない。
「んー?オマケ的な感じで、五条家の主催のなんやかんやはある?かな?」
「「「……」」」
自分でも苦しい言い分だと思う。本当のことを言うと京都へは帰省が理由で、毎年の恒例行事で春の彼岸に親類縁者の集まりがあるのだ。春分の日が、西方の極楽浄土と現世が最も近づく日と考えられていることから、五条家では毎回彼岸の時期に大きめの供養の行事と食事会が開催される。
すでにでっち上げの任務で俺の帰省は免れられないものとなっており、あんな退屈な場所にひとり送り込まれるなど、今さら耐えられる気がしない。普通に無理じゃね、と思っている。
そこでだ。友人達を招くことで、いくらか俺の精神的負担を減らそうと企てている訳だが。向こうでなら割と融通のきく店や観光名所もあるし、なんならコイツらをもてなしてやろうという気持ちもある。つまり最初に言った通り思い出作りのため、俺は面倒な家の行事を友人達との小旅行に丸め込んでしまいたいのだ。
「旅費は全部俺持ち。宿も食事も土産も用意する。最高じゃね?」
もちろんなまえに関する邪な思いもある。もうすぐ一年になるが入学後まもなくして起こった事件で、彼女には五条家絡みで嫌な思いをさせてしまったので、今更ながらその挽回も出来たらと思っている。
それに加えて、未だに絶えない憶測を囁く家の連中に対しても、コイツには二度と手を出すなよと、その場で牽制をかけてやるつもりだ。それでも万が一、再び悪意を持ってなまえに近づく人間がいたならば、今度は絶対に俺が彼女に指一本触れさせないと誓っている。
「どんどん胡散臭くなってんじゃん。逆に面白そう。それっていつ?」
「春分の日前後で一泊二日」
傑はともかく、硝子は満更でもないって顔になった。硝子が誘いに乗ってくれるなら、これでなまえも必然的に同行する流れになるだろう。この際、傑は無理矢理連行すればいい。多少暴れられたところで、新幹線の一両くらいなら貸し切れるはずなので、大きな手荷物として運べばいい。
そうなれば女子達のご機嫌取りの段取だ。なまえも硝子もわりと静かな場所を好むので、定番よりも穴場の観光地を回る方が喜ぶかもしれない。俺は興味をそそられないが庭園系もありか、などと考える。
しかしあともう一押し、と思いかけたところで今まで黙っていたなまえが、俺に向けて申し訳なさそうに口を開いた。
「……ごめんなさい。私その日は両親のお墓参りで帰省することになってて、外泊でお休み貰ってるの。だから私のことは気にせずに楽しんできて、ね?」
彼女はそう告げると、いつものように一歩引いたところで遠慮がちに笑ってみせた。まるでそこに自分が居ない方が良いとでも言いたげな——。
嫌な空気が流れ出したところで、ガラガラガラと音を立て引き戸が開く。タイミングを測ったかのように、俺達を呼びつけた夜蛾先生が教室へ入ってきたため、その事を含めた全ての話が見事に流れてしまった。