「これから京都?土産よろしくー」
 出発前、寮の談話室を横切ると偶然硝子と鉢合わせた。午前の半端な時間だったので珍しいと思っていたら、明け方に急患で呼び出され、ちょうど戻ってきたところらしい。目の下には薄っすら隈が浮かんでいた。
「今からでも一緒にどう?」
「冗談だろ」
 喫煙時の癖なのか、硝子はくつくつと笑いながら言葉とともに人差し指と中指を揃えて動かす。そして、またいつ呼び出されるか分からないので部屋に戻って仮眠をとる、と今度は疲労の色が滲んだ声で告げた。
「そういえばあの子、今日の夕方には帰ってくるって言ってたから、ちょうど入れ違いだね」
 硝子の言うあの子とは、きっとなまえのことなのだろう。彼女はすでに前日の朝早くから発って行った。そのときもコイツは同じように見送ったそうだ。
「関係ねーだろ」
「そう?アンタにとっては耳寄りな情報だと思ったんだけど」
 どこか楽しそうにしている硝子だが、彼女は時々何を言っているのか意図を理解しかねるところがある。しかし互いに長話をするタイプではないので、そこで会話を切り上げて俺達はそれぞれ別方向へ歩み出した。



 あまり好んで自分の話をしないなまえだが、聞かれたことには可哀想なくらい馬鹿正直に答えてしまう損な性格をしている。以前教室で、高専へ来たキッカケみたいな話をしていたとき。俺は事前に知っていたけれど、呪霊の被害で家族を亡くした際に自分の力を制御出来ず、生まれ育った家も全焼してしまったと、苦い表情をした彼女は自らの口で俺達に語った。
 だから今回なまえは両親の墓参りに帰省という言葉を使用したが、向かった先は祖母が一人で暮らしているという父方の実家であり。彼女が生まれ育った馴染みのある土地という訳でないとも言っていた。
 それでも事件後、真っ先になまえを引き取ると手を挙げたのが、年に数回程度しか顔を合わさない父方の——つまりは俺の家とは無関係だが五条の祖母で。その大事な家族をまた未熟な自分が危険な目に遭わせかねないと、なまえは最もらしい理由で身内の申し出を断ったそうだ。
 だが当時、両親を亡くしたばかりの彼女にとっては、苦渋の決断だったろう。いつも真っ先に身を引いてしまう性格が、ときに自分を苦しめているとアイツはもっと知った方がいいと俺は思う。
 らしくない考え事をしていると、流れるように変わる風景はいつの間にか富士山すら通り過ぎており、車内ではもう間もなく名古屋に停車するというアナウンスがあった。するとそれほど多くはないものの、何人かがキャリーケースを引いて通路を抜けていく。ここを過ぎると、俺の目的地でもある次の京都駅までは約三十分程で到着することになる。
 ……先に言っておくが、気まぐれというよりは八つ当たりで、言わば道連れだ。なまえが自分自身のことを、どれほど未熟で役立たずと思おうが、俺は一向に構わない。きっと彼女の家族も同じで、そういう理由で自分のそばに居てほしい訳ではないからだ。
 ちょっとした賭けであったが、俺はなまえに一通のメールを送った。

 数分後、律儀に時刻が記載された返信があり、ちょうど俺が駅のホームでひとっ腹満たしたところでタイミング良く電話が鳴った。立ち食いの食券制なので、そのまま店を出て着信に応じる。
「もしもーし」
『急にどうしたの、五条くん?』
「オマエ今どこにいんの?まさか新幹線乗りかえてないよな?」
『まだ降りたホームだけど。あの、』
 きっとこれを狙ってという事ではなかったが、なんとなく硝子が言いたかった事が今になってわかった。つまりは、俺が途中下車しなければ出会う可能性もゼロだったが、この程度の偶然など簡単に必然へと塗り替えてしまえる。
 ちなみに俺がなまえに送ったメールの内容はというと「今名古屋駅で降りたんだけど、もう帰りの新幹線乗った?」だった。高専もなかなか不便な場所にあるが結局は関東以外なら、ちまちまと電車を乗り継ぐよりも、一度新幹線に乗り換えて東京駅まで戻るのが最も短時間での帰宅ルートとなる。
「まあ、その。メールの通りで。一人で実家へ行きたくなくて、衝動的に名古屋で降りちゃったんだよね」
『五条くんもう高校生なのに、ずいぶん大胆なことしちゃったね』
「まあね。——それでさ、オマエやっぱり一緒に行かない?」
 俺は通話を続けながらエスカレーターに乗り、在来線のホームとも繋がっている地下通路へと降りていく。マナー違反ね、はいはい。ぶつかりかけたサラリーマンからは、あからさまにイヤな顔をされた。
『私この二日間休暇申請してて、今日の夕方には高専に戻ることになってるから、明日は任務かもしれなくて——』
「それは家から出された俺の架空の任務に同行ってことで、何とでもなるんだけど……。とりあえずさ、行きたいか行きたくないかじゃなくて、来てくれる気があるかないかで教えて」
 
「私でいいの?」
 一泊二日の帰省だったはずだが、かなり大きなキャリーケースを引いて私服姿のなまえはそこに立っていた。いまだ何の疑いも持たず、ぱちぱちと無垢な瞬きを繰り返しながら、彼女はこちらを見上げている。
「新幹線のチケット取り直してくるからここで待ってて」
 エスカレーターを降りて通話を切った俺がそう告げると、なまえはその場で小さく頷いた。
落雷 2話