たったの一駅だし、と思いながら二列横並びの指定席を取り直し、なまえを待たせた場所に戻る。すると彼女は手荷物に気を配りながら携帯電話を触っていた。
 ん、とチケットを差し出すとなまえは携帯をポケットに仕舞い、素直に礼まで言って俺からそれを受け取る。そして先ほど下ったばかりのエスカレーターを上がり、俺は再び同じホームへと降り立った。
 人混みを縫って、彼女はゴロゴロとキャリーケースを引きながら、従順に後ろを付いてきている。コイツはこれだけ強引に誘われておいて、一言物申したい事などないのだろうか。今さら、はいそうですかと帰す気も更々ないのだが。この疑い知らずな性格に、逆に俺の方が不安になってきた。
「……絶対に大丈夫だから」
 急に立ち止まって振り返りそう告げたので、なまえは予想外に至近距離にいた。けれど俺を見つめるその瞳は、どこまで何を理解しているのかは分からないが、迷いなどは感じられなかった。
「うん、信じてる」
 多分俺の方が、どうしようもない表情をしていたのだと思う。チケットの車両番号までホームを移動すると、まもなくして列車が到着した。

「なんでこんな大荷物なの?」
 先に窓際の席へ乗り込んだのは俺である。しかし持参したキャリーケースを、荷台に持ち上げかねている彼女を仕方なく奥へと押し込み、結局俺が通路側の席へ落ち着くことになった。
「最初はリュックで来たんだよ。だけど、おばあちゃんや叔母さんが色々持たせてくれて、荷物が膨らんじゃって。あのキャリーもいとこのお姉ちゃんが、あげるつもりで貸してくれるって」
 高専も不便な場所にはあるが任務等で都内へ出ることも多く、また学生寮は生活必需品の共同購入が出来るようになっているので、物に困ることは少ない。けれど嬉しそうにはにかむなまえの表情を見たら、以前親の形見も自分のものも何も残っていないと彼女が告げたことを思い出し、中身を問うことすら無粋な気がした。
「そういえばオマエ昼飯は?」
「家で早昼食べてから——」
 そのうちアナウンスがあり、乗せたばかりの荷物を荷棚から下ろして、俺たちも降車のため扉への列に加わった。

「重いのに引いてもらってありがとう」
「全然。……こっち」
「あ、ごめんなさい」
 久しぶりの京都駅である。しかし開発や整備が進んでいて、懐かしいという感情はあまり湧いて来なかった。
 八条口から出て、迎えにきていた車へと乗り込む。送迎には見覚えの少ない中年男がひとり来ただけだったが、そいつは表情ひとつ変えずなまえのことも俺と同様に、ご友人様と丁重に扱った。
 一方彼女はというと、新幹線での笑顔とは一転して、車内では終始そわそわと渋滞で動かない外の景色を見ていた。けれど俺は傑とは違い、女に対する気の利いた言葉ひとつ浮かばない。たった数十分の時間だったが、終始無言のまま目的地へと辿り着いてしまった。



「おかえりなさいませ、悟様」
 屋敷に着くや否や、仰々しい出迎えに辟易とする。昼を過ぎて来客の対応で忙しい時間帯だと思われるが、その素振りを一切見せないところが、この家の窮屈さを思い出させた。一人で帰省したくないというのは、言い訳を抜きにして本心であったようだ。
「皆様お待ちになられていますよ。ご友人の五条なまえ様についても伺っておりますので、どうぞこちらへ」
 侍女の貼り付けたような笑顔に、早速引き離しにかかっている、という言葉が頭に浮かぶ。今度は一体誰の回し者だ。俺は反射的に、小さな彼女を自分の背へと隠した。
「あのさあ、知ってると思うけどコイツ一回この家の人間に攫われてるんだよね。だから、ここではなるべく一人にさせたくないんだけど」
「ええ、存じております。ですから今回大切なご友人として、わざわざこのような機会にお連れなさったんですよね。そのうえで現当主より最大限のもてなしを、と私共も仰せつかっています」
「……」
 さすが京都人といった言い回しである。直接的な表現をしないところが憎ったらしく、そのうえで俺の気持ちも意図も見抜かれているようだった。こちらの無言を肯定と受け取ったのだろう。女の言葉は続く。
「——この時間ですので、まずは茶会の場へご案内させていただきますね。なまえ様のお着物も、こちらでご準備したものに召し替えさせてもいただいても宜しいでしょうか。それと当主より、悟様は次期当主としてのご自覚をもう少しお持ちくださいとのことでした」
「……はいはい、わかったよ」
 口の減らない女だと思ったら、よく見れば乳母の娘である。あの親にしてこの子ありとはよく言ったもので、幼少期の経験からきっと俺が一生口で敵うことはないだろうと思った。
 後ろを振り向くと、なまえは不安気な表情のまま俺を見上げていた。言っていないし、聞いていない。さて、コイツにはどんな言い訳をしようか。

「お待たせしました」
 三十分後、侍女が襖を引くと柔らかい色の着物に身を包んだなまえが顔を出した。髪もきっちり結われており、小さな唇には薄い紅が色付いている。
「あの、五条くん」
 ぱちぱちと幼い瞬きを繰り返す目元も、微かだが彩りを与えられているようだった。やり過ぎである。
「……オマエは澄ました顔で、好きな茶菓子だけ食ってればいいから。俺のそばから離れんなよ」
 着物の袖口を持って、どうかなと首を傾げた彼女の姿は、控えめに言ってめちゃくちゃ可愛かった。
落雷 3話