広大な敷地を誇り、私立の宗教系学校を謳う呪術高専内には、ほんの一区間だけ私有地が存在する。そこには人が暮らすための一軒家があり、家主は言わずもがな現代術師最強と名高い五条悟だ。借り物のマンションに帰る時間すら惜しくなったので、彼が自分自身のために建てた。
 だが、いくら職場内に家があろうと、出張ばかりで多忙を極める家主がそこで過ごす時間は、実際のところトータルで月に数日程度しかない。ほんの数時間の仮眠だったり、荷物を取りに戻ったり、シャワーだけ浴びに来たりと、非常に短い滞在ばかりを繰り返している。前回彼がここに帰ってきたのも、二日前の午前二時から午前六時の四時間だけであった。
 五条にとって住居の役割を果たしていない建物ではあるが、そこには彼の宝物がしまってある。だから三十分でも時間を捻出できた時には、五条は必ず家に帰って、僅かな時間でその宝物を愛でるようにしている。
 寝顔を眺めただけの日も、たった一言言葉を交わしただけの日もあった。けれども、今夜は全ての照明が落ちた真っ暗な一室から、愛を確かめ合う男女二人の声が漏れ出している。

「キュってなってるけど、おっぱいだけでも気持ちいいの」
 中心だけを器用に避けて乳輪をなぞる五条の指先は、そこにいくつかの記号を描いてみたりと、ずいぶん余裕を感じさせる動きをしている。一度欲を吐き出した男は、二度目の絶頂を迎えたばかりの女が落ち着くのを待っていた。追いかけっこになってしまっているが、半端に勃ちあがった自分のモノを、このまま収める気はない。
「ん、くすぐったいのを拾っちゃう」
 そう口にしつつも身を捩るなまえの仕草が、膣内に入ったままの男の陰茎に新たな刺激を生む。手を止めた五条は、先程まで指のあった場所に顔を寄せると、立ち上がった先をペロリと舐めた。女から艶のある声が上がり、さらに気を良くしたのか、肌を這う手つきは次第にいやらしいものへと変化していく。
「僕ももう一回イきたいからさあ、そろそろ動いてもいい?」
 チュッチュと唇を避けて落とされるキスは、彼女の言葉を期待していた。薄い膜越しに中がうねるので答えは瞭然だったが、ぽってりとした唇が開くまで焦らし続ける。暗闇のなかでも紅潮するなまえの頬に触れると、自分の指先の方がはるかに熱を持っていて、五条は苦笑したくなった。
「いいよ、奥までして」
 その言葉を皮切りに、より深いところを目指して彼は腰を振った。

 風呂上がりの彼女にドライヤーを持って近づき、手づから乾かしたあと、後ろから抱きすくめたうえにスリスリと頬を寄せ、そのまま寝室へとなまえを連れ去った五条に下心がないと言い切る者がいたならば、それはどんな聖人かと誰もが疑うだろう。
 大人の男がするには些か幼稚な所作であったが、知り合ってから十年近くの時が経過し、ましてやプロポーズを断られた相手に、これ以上の恥を晒すことは何もない。まさか二十年以上生きてきて、彼は自分が異性に振られる日が来るとは想像もしていなかった。
 あの日、上層部がなまえの件を掘り起こしてきた事により、五条は多少の焦りを感じていた。その前にも、家入から彼女に引っ越しを勧めたところ、後ろ向きな返事ではなかったという、重ねて彼の不安を煽る話を聞いていたのも原因のひとつである。
 衝動的に出た言葉ではあったが、ずっと彼の頭の中では考えていたことだったので、実行にうつすタイミングがズレただけで、それ自体に嘘偽りはない。けれど、五条が手っ取り早くなまえをここに置く理由を作ってしまいたかったことは事実だった。
 生活を共にし、こうして身体を許してくれるのに、どうして心は手に入れられないのだろう。組み敷いた女に、男は強い言葉で直接問いただしてやろうと毎回思うのだが、彼女の泣き出しそうな顔を見ると、いつもその言葉を喉の奥へと押し込めてしまう。
 あの晩なまえは、頼ってばかりの今の自分では、これからの人生を共に歩んでいく大きな約束は出来ないと五条相手に言い切った。

 避妊具の口を結び、男が後始末を済ませている背後で、女は最低限の下着だけを身につけて、皺の寄るシーツにくったりと身体を預けていた。掛け布団もしないまま目をつむり、レース生地の乗った胸元は規則的に上下している。
 五条はそばまで歩み寄ると、思うように動かなくなったなまえの右足に触れた。もう汗は引いてしまったようで、手を滑らせるとサラサラとした肌は少し温度を失っていた。大方彼のせいだが、奥の方でぐしゃぐしゃになっている毛布を引っ張り出して、彼女の肩まで掛けてやる。
 そして揺らさないように、自分もそっとベッドの縁へと腰掛けて、穏やかな寝顔を見ていた。
「いつになったら、プロポーズ受けてくれるのかなあ」
「もう一回、正式に申し込んでくれたら、そのときに」
 独り言のつもりで呟いた言葉に返事がかえってきて、五条は目を大きく見開いた。眠っていると思い込んでいたなまえと、暗闇のなかで視線が重なる。
「え、なんで」
 慌てふためく彼の姿は、彼女にとってそう珍しいものではない。シーツに置いたままの節ばった手に、なまえは自分のそれを重ねた。
「心境に変化があったの。期待して待ってるからね」
 そう言い残し、重い瞬きを繰り返していた彼女の目蓋は再び落ちていった。
Goal in