水面を突き抜けて差し込む地上の白い光を、暗く深い海底から私はいつも見ていた。美しく、それでいてあたたかな光に何度手を伸ばしたことか分からない。私の憧れだった。
 だけど近付きすぎてはならない。家族や友達は、みんな口を揃えて言っていた。だって私達は、そこでは決して生きられないのだから。



「あ、起きた」
 ぼやけた視界を正すように、私は瞬きを繰り返す。透き通るような白髪と黒いサングラスの奥の青い目、覗き込むのは確か——クラスメイトの五条くんだ。
「……私、どうして」
「外での自主練中に倒れたんだよ。今回は軽い熱中症だってさ」
 夕陽に照らされた見覚えのある風景に、ここが高専内の医務室だと理解する。理由は様々だが、先週に引き続きこれで三度目だ。目覚めたときの身体の重さや、どことなく気分がすぐれないことに、私は既視感を覚える。それと先日と同様、彼が説明してくれた出来事の記憶の断片すら見つけられないことに対しても、だ。
「また、だね。……迷惑かけてごめんなさい」
 ここまで運んでくれて、そのあとも付いてくれたであろう五条くんへ謝罪の言葉を口にするものの、私は罪悪感をきっと他人の半分くらいしか持ち得ない。体調不良で気絶したとはいえ、普通そこに至るまでの経緯は残りそうなのに、なぜか今日一日まるごとの出来事が全く思い出せず、自分の中でどこか腑に落ちないからだ。彼を疑う訳ではないが、最近こういうことが頻繁に起こっている。
「気にしてねーよ。それより、硝子から大丈夫そうなら寮へ帰していいって言われてんだけど、どう?起き上がれる?」
「うん、平気そう」
 掛けてもらっていたタオルケットを捲り、私は白いシーツから上体を起こす。するとまるで大岩を背負わされたみたいに、さらに身体にずしんとした重さが加わった。指先から体温を奪うかのように、血の気が引いていく。
 一体どれくらいの時間、私が意識を取り戻さなかったのかは分からない。だが、これ以上五条くんを付き合わせる訳にはいかないと、彼に悟られないよう私はなんとかベッドから腰をあげた。
 あれ?私、普段はどうやって——。

「全然平気じゃねーじゃん」
 倒れたと確信して次に目を開けた瞬間には、私は五条くんのがっしりとした胸板に受け止められていた。ドクン、ドクンと彼の心音がシャツ越しに伝わってくる。そうしてそのまま抱き上げられたと思ったら、すぐに降ろされ私はベッドへと逆戻りした。
「ごめんなさい、なぜか上手く足に力が入らなくて」
 今度はきちんと心からの言葉で、彼に謝ることができたと思う。それでも落下したと錯覚した恐怖心からか身体が強張り、私が五条くんのシャツから手を離せないでいると、彼は顔を近付けて私の額に口づけを落とした。そして降りてきた唇同士が軽く触れ合い、私の指の力が緩んだのがわかると、名残惜しさを残さないよう丁寧に離れていく。
 サングラス越しに私を見下ろす五条くんは、日が沈むなかでとても満ち足りた表情をしていた。私達はそういうことをする関係なのだと、彼は私に向けていつもなぜか嬉しそうに告げる。
「なんか食えそうなら、食堂行って軽めのもん作ってもらうけど」
「ううん、大丈夫。でも、お水だけほしいかも」
「コーラならあるよ。口移しで飲ませてやろうか?」
「もう、冗談ばっかり」
 彼の軽口を受け流すくらいの元気は、私にも一応あるらしい。自販機行ってから硝子呼んでくる。そう言って、五条くんは片手を上げて医務室をあとにした。
 彼には告げていないが、実は気を失うことよりも多い頻度で、突然歩き方が分からなくなる時がある。時間が経つと徐々に思い出してくるのだが、先ほどベッドから降りることが出来なかったのも、それが理由だ。



「あ、硝子?なまえ起きたよ。ベッドから立ち上がろうとしたら膝から崩れ落ちちゃってさあ。やっぱり暗示のかかりが悪いかも」
 医務室から出た数メートル先の廊下で、五条くんがそんな会話をしていることを、私は知る由もなかった。
#01