「なんか暑くね?」
「人口密度が高いからね」
「つーかなんでオマエまで居んだよ!」
「だって、夜蛾先生が連帯責任だって……」
 なまえは肩を跳ねさせ、途端に眉を下げてしまう。俺だって、そんな顔をさせたい訳ではないのだが。

 硝子を除いた同級生三人で、地方への任務が言い渡された。聞き取り調査も含め二日間で予定されていたのだが、一発目に訪ねた場所がまさかのビンゴで、二時間かけて来た俺達の任務はたったの一時間で終了した。
 だから補助監督に報告をいれず、当然のごとく遊んでいたのだが。なぜか帰校後に夜蛾先生にバレた。そして傑と罪の押し付け合いをした結果、担任の逆鱗に触れ雷が落ち、しばらく反省してこいと三人まとめて縦横1.5メートル弱ほどの立体に押し込められたのだった。
 箱の中は何もない白色の密閉空間で、五分も経てばそれぞれ角に寄って傑となまえが横に並び、そこに向かい合う形で俺が壁にもたれて座ることで落ち着いた。だが当然足を伸ばす余裕なんてなく、縦のスペースを有効活用しようと一度なまえを立たせたのだが。天井も平面と同じ高さだったようで、一番身体の小さな彼女ですら頭をぶつけた。そのうえ壁にもたれて中腰になっても、俺達が下からスカートの中を覗けてしまう距離感であり、その案は断念した。
 言い争いの決着もついておらず空気は依然ピリピリとしていたが、一時間もしたら出してもらえるだろうと結論づけ、そのうち誰も話さなくなった。すでに傑は目を閉じ、なまえも体育座りした膝に顔を伏せてしまっている。すげー退屈だ。
 この空間は物理的なものとは違い結界の一種らしく、蒸れることも酸欠になることも決してないはずなのだが。とにかく圧迫感と閉塞感が酷く、俺にとっては拳骨をくらうよりも、よっぽど効果的な罰だった。

「ぁっ、ごめんなさい」
「構わないよ」
 それからまた五分ほどが経過した。声の方へ俺も目線をやると、体勢を変えようと動いたなまえの身体の一部が傑に触れたようである。彼女は膝を抱え小さくなっていたのを、足を崩した姿勢に座り直していた。
「大丈夫かい?」
「おしりが痛くなってきちゃって。それだけだから大丈夫だよ。起こしてごめんね」
 なまえは問いかけに対し、遠慮がちに笑う。けれど傑はちょっと難しい顔をした。こういう反応をしたときの彼女は、経験上あまり大丈夫ではないからだ。外見に顕著に表れている訳ではないが、体調が万全でないことは俺でもわかる。
 単純な結界なので、俺に限らず呪力を込めて壁を殴ればすぐにここを出られるだろう。それを押し戻すほど、夜蛾先生も鬼ではない。問題は、なまえが自分でそう言い出せないことなのだ。
 差し出されていない手をわざわざ取ってやるほど、俺は人間出来ていない。でも傑だったら——。
「それなら私の膝の上においで」
「おいっ、!」
 突拍子もない発言に、怒りを覚えたからではない。単純に、またやられたと思った。傑が彼女の腕を引くと貧弱ななまえは簡単に横へ倒れ、不可抗力のまま胡座をかいた彼の足の上に、こてんと小さな頭が乗っかった。
「ごめんなさい、」
「このままでいいから」
 起きあがろうとするなまえの目もとを、傑の大きな手が覆う。すると、まるで催眠にかかったかのように一瞬で彼女の力が抜けていくのが分かった。
 近距離でこんなもの見せつけられたら、俺が面白く思わないのは当然である。悪態づくのも必然だ。各自楽な姿勢を探しつつ必要以上に互いのテリトリーを犯さないと決めてあったが「私達が悟の領域を侵している訳ではないだろう」なんて言われてしまうと、俺も押し黙るしかない。
 そしてしばらく静寂が続いたあと、頃合いを見計らって傑は手を退けたが、なまえの目蓋は落ちたままだった。俺にはあまり気を許してくれていないようだが、今はあどけない寝顔が一メートルほどの距離にあった。
「相当疲れが溜まっていたんだろうね」
「言えよな」
「こういう子なんだよ。限界まで弱音を吐けないのさ。今は私達が気付けるんだから、それでいいだろ」
 そう口にした親友の彼女を見下ろす目は、優しさに満ちていた。そのまま傑の指先が、流れたなまえの髪を掬う。その動きがまるでスローモーションエフェクトでもかかったかのように、俺の目にゆっくりと映る。
「なあ、オマエも——」
「おや。ずいぶんと早かったね」
 ふと我に返った。俺は親友に向けて、一体何を言うつもりだったのだろうか。
 同じく光の方に目をやると、天井から徐々に視界が開けているところだった。空気は変わらないはずなのに、窮屈だった心が一気に開放感で包まれる。
「さて、担任には私から上手く言い訳しておくよ。医務室に運んだら何も文句は言われないだろ」
 いつの間にか傑の表情も、見慣れたものに戻っていた。手招きをうけると「起こさないようにそっとだよ」と念を押される。だから俺は、傑に膝枕された彼女をまるで壊れモノでも扱うかのように丁重に抱き上げてやった。傑じゃないと騒がれたら本気で傷つくので起きんなよ、と念を押しながら。
「じゃあ、あとは頼んだよ」
「おー」
 低い天井がなくなったため、親友は何を気にするでもなく遠慮なく立ち上がった。なまえは変わらず、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。
 遠ざかる背中を敵わないと認めているからこそ、俺はアイツへの羨望を素直に表現出来ないのだ。
雷雲 1話