「帰ったよー」
 外から施錠した寝室のドアを開けて、照明を灯した。ベッドの端の方に寄った盛り上がりは、依然無言を貫いているが多分起きている。歩みを進めタオルケットを剥ぎ取ると、身体を丸めたなまえは虚ろな瞳でこちらを見上げた。
「ごはんにしよっか。起きられる?」
「……起きられるけど、タオルケット返して」
「食事の席にはマナー違反だよ」
「マナーを語るなら、せめて下着だけでいいから服をちょうだい」
 ベッドから起き上がりつつ、腕や脚で大事な部分を隠すなまえの姿があまりにも滑稽で、僕は吹き出しそうになった。この部屋に監禁しだしてから生理のとき以外はずっと、衣類に分類されるものは一切与えていないというのに、本当に今更だ。
 彼女の言葉は無視して、身体を隠す細腕を掴みシーツへと縫いつけてやる。怯えるような瞳を見たくなくて、目蓋へと一度だけキスを落とした。そして素肌へと手を滑らせて、僕は華奢な身体を抱き上げる。また一段と軽くなった気がするので、今日はいつもより多めに食べさせようと決めた。なまえは暴れても無駄だと理解しているのか、溜め息を吐き僕の腕の中で目線を横へと流す。
 それから部屋を出てダイニングチェアに座らせた彼女を、僕はいつものように後ろ手に椅子へと縛りつけた。真っ白な肌に食い込む赤い紐がなんとも言えないほど扇状的だが、今はそういう場面ではない。強調された胸の先端から目線を上げ、デリバリーした料理をテーブルいっぱいに広げる。僕は愛しい人とともに、今夜の食事を始めることにした。

「ほら、口開けて」
「もういらない。おなか苦しい」
 そう言って、横に並んだなまえは顔を逸らす。彼女に食事を与えながら僕も食べ進めるというのが、最近のスタイルだ。戻すことは出来ないので、差し出したスプーンの上のコーンポタージュは僕の口へと運んだ。
 もう少し食べてほしかったと思ったが、テーブルの上にはもうほとんど料理が残っていなかったので、まあ良いだろう。今日のところは何も言わないことにした。
「デザートは?プリンとエクレアとシュークリームがあるよ」
「今は大丈夫。悟くん食べなよ」
「んー、僕もいいや。それじゃあシャワー浴びよっか」
 こくりと首を縦に振ったので、彼女を椅子へと縛る紐を解いてやり、勝手をしないよう手を引いて脱衣所へと向かった。なまえは何も着ていないので先に奥の風呂場へ押し込み、僕は衣服を脱いでいく。彼女と同じ格好になって浴室へ入ると、なまえはすでに洗髪の途中だった。
「僕が洗ってあげるのに」
「自分で出来るからいいよ」
 口調は柔らかいが、拒絶された感が否めない。そのため今夜は手を出さず、僕も自分のことを進めていたのだが。どうしても女の子の方が手間が多いので、毎回僕が手持ち無沙汰になる。湯船に浸かりバスタブの淵から身体を洗うなまえの姿を見つめていると、それに気づいた彼女から「恥ずかしいからあんまり見ないで」と言われてしまった。それほど強く縛ったつもりはなかったが、白い肌にはしっかりと紐の痕が残っていた。

 入浴後、入念にスキンケアを行うなまえの身体には、バスタオルが巻きつけられている。普段は何も着せていないので、風呂上がりの方が肌を隠しているなんて違和感でしかない。しかし以前、せめて髪を乾かすまではタオルを取り上げないでと本気で泣かれたので、ここだけは僕が折れた。
「おいで、ドライヤーしてあげるよ」
「……うん」
 頃合いを見計らい声を掛けたところ、一瞬で彼女の表情が暗くなる。ここで何も思わないでいられる鋼のメンタルを、僕は持ち合わせていないようだ。重い足取りでこちらへ歩みをすすめるなまえを待ちきれず、僕はソファーから立ち上がり自ら彼女を迎えに行った。
「……髪乾かしてくれるんじゃなかったの」
「うん」
 愛しい人をしっかり腕の中へ抱き込んで、再びソファーへ腰を下ろす。彼女を膝に乗せたまま、素肌を辿ってバスタオルの隙間から手を入れようとしたら、先を見越して食い止められた。
「私、悟くんのお人形じゃないんだよ」
「知ってる」
 ——だったら何でここまでするの?
 訳もわからず裸のままこの家に閉じ込められ、僕に生活の全てを支配されながら好きなように抱かれる。そのことに対し、なまえは懲りずにそう何度も口にする。最近になって、この行動原理の内側にあるのが『不安』と定義される感情なのだと、僕はようやく理解しつつあった。
 それでも僕が満たされることはない。もうしばらくは、この家から彼女を出してやることは出来ないだろうと思った。
ドールハウス