「とりあえず水飲みな」
「はい……」
 例えたったの数メートルだとしても、ふらふらとシンクへ向かうなまえが心配で背中を追いかけたのだが。案の定、手に取ったグラスを落としかけたところだった。
 僕が受け止めたグラスに水を汲んで差し出してやると、両手で受け取った彼女はなんとか口をつけたものの、それも飲んでいるのか飲んでいないのか分からない。
「貸して」
 埒が明かずなまえからグラスを奪い、それを呷って彼女に口移しで飲ませる。飲み込みが悪いので舌で押し込むと、チョコの残り香だけで僕も酩酊しそうになった。アルコール度数がいかほどのものだったのか分からないが、ふんわりと香るそれに脳髄まで蕩けてしまいそうになる。唇を離すと、幼い婚約者は僕の服をギュッと握ったままこちらを見つめていた。
「何?」
「……もっと」
「水?」
 僕がそう問うと、なまえは緩慢な動作で首を横に振る。そして自分から一歩距離を詰め、潤んだ瞳でこちらを見上げた。そのうっとりとした表情は、頬を赤く染め薄っすらと口を開いている。
 彼女は黙っているだけで直接的な言葉を発することはなかったが、僕はそれを察することの出来る悪い大人だった。



「ん……、むん、ふっ、」
 口付けを続けながら、ソファーに組み敷いたなまえから最後の一枚になった下着を剥ぎ取る。邪魔なものが全てなくなり改めて彼女に覆いかぶさると、すぐさま僕の背中に腕が回された。僕もすでに上半身は何も着ていないので、細い指が肩甲骨あたりを這ったのが分かった。
 だから期待に応えるべく、控えめな胸が僕の胸板で潰れるくらい強く抱き込めてやる。今更嫌がったところで離してやるつもりはない。全部こいつが悪い。いや、ウイスキーボンボンを食べさせた僕が悪いのか。
 幼い婚約者はいつもの数倍甘えに拍車が掛かっていた。寝室へゴムを取りに行こうと身体を離しただけだったのに「イヤっ」と小さく叫び、僕に縋りつく。いつも可愛いが、今夜の破壊力はまた計り知れない。
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
「……はい」
 しゅんとしてしまった彼女は、すでに自分がどうしようもなく囲われていることを知らないのだろうか。それでもこの子にわざわざ残酷な事実を告げる必要はない。ただ小さくて無垢な頭を撫でてやった。



 翌日執務室へ顔を出すと、偶然にも昨日ウイスキーボンボンを分けてくれた補助監督が居たので、挨拶とともにその子に礼を告げた。隣に居た伊地知は恐る恐るといった表情で僕に「大丈夫だったんですか」と問う。
 それに対し僕は「良い思いをさせてもらったよ」と正直な感想を放ったのだが、二人は不思議そうに顔を見合わせていた。彼らはあのチョコを僕以外の人間が食したことを知らない。
Blood moon A