仕事を片付けるためにつけていた間接照明が眩しかったのだろうか。それほど時間は経っていなかったが「ん」と小さく声を上げて、幼い婚約者が目を覚ます。
「もう少し掛かりそうだから先にベッド行ってていいよ」
「……あれ、私——」
 僕の声に応じるように、なまえは小さな声で呟いた。彼女がゆっくりとソファーから身体を起こすと、その動作とともに僕が掛けてやった毛布が見事に華奢な肩から滑り落ちて肌色が曝け出される。
「……なまえってさあ、セックスしたあとすぐ寝ちゃうよね」
「ぁっ、」
 僕がそう言うと寝惚け眼が大きく見開き、ようやく彼女は眠りに落ちる直前の出来事と、今の自身の格好を思い出したようだ。幼い婚約者は慌てた様子で毛布を頭まで被り、少し待ってやると数秒後にそこからひょっこり顔を出して、もう一度こちらに向き直った。
「私だけ眠ってしまってすみません。何かお手伝いできることありますか?」
「スマホ取ってきてくれる?あっちのテーブルの上なんだけど」
「はい、わかりました」
 どこまでこの子に奉仕の心があるのかは分からないが、僕の理解の範疇を超えることは確かである。毛布のなかで肌着だけは身につけたようで、カーディガンを羽織りながらなまえはすぐそばのダイニングテーブルへと足を進め、速やかに僕のスマホだけを持ってきた。もちろん嫌な顔ひとつしない。
「ありがと」
 好意に甘える訳ではないが、それで終わりではなくて。差し出されたスマホは受け取らず、自分はタブレット端末を操作しながら彼女に次の指示を与える。
「パスコードはいつものやつだから。画面開いて、冥さんから連絡来てたら内容読み上げてくれる?」
 別に見られてやましいことはないし、以前もメッセージの返信を頼んだことがあるので問題はないだろう。しかし同じ機種なのに、ロック解除のところからなまえは慣れないというか迷いのある手つきで操作を進めていく。
「えっと……。例の件だけど、間違いなく国外へ持ち逃げされているね。東南アジア方面から順に——」
 内容を頭にいれつつ、ただでさえ小さな声に自信のなさが加わると、これほどまでにか細い話し方になってしまうのかと、僕もひとつ学習した。少女の気持ちを尊重して仕事に関わらせてやりたいと気を回しても、この子にとってはただの重荷となってしまうこともあるようだ。
「ふーん、まあいいや。『よろしくお願いします』って返事しといて。もう海外へ飛んでるみたいだから、今の時間でいいよ。あと、もう少し起きてられるんだったらココア入れてくれない?」
「ハチミツも足していいですか?」
「うん、お願い」
 よく気が利くなあと思った反面、僕から離れていくときの方が彼女の足取りが軽いことに気づき少し凹んだ。



「あれ?まだ起きてたの?」
 それ以上を強いるような事はなく、僕はあのあとすぐなまえを先へ寝室へ送り出した。それから一時間くらいは任務の事前資料に目を通したり、明日の授業の準備をしていたと思う。気づけば午前三時を回っていた。
 別に眠い訳ではないが切り上げ時だ。カップをシンクへ置き、僕も寝室へ向かう。そしてそっと扉を開けたところで、ベッドから起き上がった幼い婚約者が出迎えてくれた。
「深く寝たせいか、眠れなくて」
 彼女なりの可愛らしい嘘である。なまえほど精度の高い呪力探知が出来る術師で本当に目が冴えていたならば、扉の外の人間の気配を読むことくらい容易であり、以前はこの僕ですら動きを先読みされたと勘繰ったほどだ。今日はその証拠に、枕もとにちょこんと座る幼い婚約者を抱き込む形でベッドへ入ると、慌てて抜け出したであろうしっかり人ひとり分の温もりが残っていた。
「あったかい」
 思わずそう漏らすと何を勘違いしたのか、彼女はゴソゴソと体勢を変えて寝巻きの上から僕の背中をさすった。部屋の空調は整っているので冷えたと言うことはないが、少女が触れた部分からじんわりと熱が伝わってくる。
「……朝は早いんですか」
「んー、ぼちぼちかな。オマエは授業休みでしょ?寝てていーよ」
「いつもお気遣いありがとうございます」
 もういいよというつもりで髪を撫でてやると、なまえは気持ち良さそうに目を細めた。結局あと数時間後には、僕とともに朝を迎える羽目になるのだろう。
 そうなると、これはまるで寝かしつけだ。トントンと胸の中心に優しく触れて、束の間の休息を僕は幼い婚約者に与えてやる。
Gibbous moon @