なにやら騒がしいと思い、寝室のドアを開けてみる。すると昇り始めて早数時間、本領を発揮しだしたばかりのお天道様も驚きの、朝にはとても似つかわしくない淫靡な光景が広がっていた。
「……私に朝食の準備を任せておきながら、君達はもうおっ始めているのかい」
「オフって油断させときながら、いつ呼ばれるか分かんねーからな」
「ぁ、っ、やめ゛っ、ん゛」
 私の眼前の同居人達は、レースカーテン越しの朝の光に裸体を晒しながら、堂々と情事に及んでいた。——いや、同居人達というと共犯じみてしまうので、確信犯は男の方と言うべきか。
 明け方の就寝前、最終的に気をやって脱力した女の肢体に、手ごこしく寝巻きを着せてやったのは私だった。今の彼女の中途半端に脱がされた下着からして、覚醒しきらないうちから悟に組み敷かれたのだろう。その証拠に、好き勝手に揺さぶられ続けるなまえから発せられる喘ぎ声は、昨晩よりも掠れ具合がさらに悪化しており嬌声とは程遠いものに思えた。
「可哀想に。もっと優しくしてやれよ」
「なら代わりに突っ込む?集中切れて、なんか萎えたわ」
 悟が身体を起こすと、乱れた息を整えるためなまえはわかりやすく胸を上下に揺らす。すると彼女の上を向いた乳輪の外側には、さらに歯形がついていた。昨晩はなかったものだ。
「いや、遠慮しておくよ」
 もっと綺麗な状態で抱きたいし。その言葉は喉の奥に押し込めて、私はキッチンへと戻った。



 その数十分後、私が朝食を済ませた頃に悟だけがダイニングに顔を出した。先程とは違い紅潮した頬の色も戻って、ずいぶんと清々しい表情をしている。どれだけ邪険に扱っているフリをしても、結局入れ込んでいるのは悟の方なので、自分の欲のままに彼女のことを最後まで抱いたのだろう。
「今日はなんの味噌汁?」
 片付けを始めるためシンクの前に立った私の肩に手を掛けて、親友は奥のコンロを覗き込んだ。抜け駆けしておいて、彼の分も準備されていることが大前提らしい。まあ、あるんだけれども。
「玉ねぎだよ。今の時期でも傷みやすいから、なまえが起きてこないんだったら冷蔵庫に入れておくんだよ」
「ふーん、わかった」
 最初の頃、生活力のない悟に対して一から十まで世話を焼くのは本当に骨が折れた。だが坊ちゃんであっても、してもらえないと分かるとそれなりに自分で動くので、最近は必要最低限の指示だけ与えるようになった。
 その証拠に、今みたいに鍋やフライパンに食事さえ準備してあれば、せっせと自分で配膳は行う。あと片付けについてはどうも人任せな部分が多いが、そもそも悟は私かなまえが在宅でないと家で食事をしないので仕方ないと言えよう。
「なあ、オマエどっか行くの?」
「?——ああ、もう少ししたら食材の買い足しに行こうとは思ってたけど、急にどうしたんだい?」
 食事中の彼は私に尋ねた。部屋着のままでそんな素振りはなかったと思ったが、親友である彼の青い眼には私の僅かな心の揺れも映り込んでいるのかもしれない。
「せっかくみんなオフなんだし、居ればいいじゃん」
 彼は家ではサングラスを掛けないので、汁物を啜りながら伏せられた白いまつ毛に、私の視線が行く。要所で出る所作の美しさは、他の誰も敵わないと思った。
「だからこそだよ。君は知らないかもしれないけど、野菜室が本当に空っぽなんだ」
「マジか」
「それに、米や乾麺もストックが減ってきてるからね。みんな居るからこそ、今日の昼食や夕食のことも考えて色々買い足してくるよ」
 奥のパントリーを指差して私は言う。正当性を訴えるにしろ、私にしてはらしくないオーバーアクションだったかもしれない。だが最後にあとひとつ、コップを流し終えるだけで逃げ切りだ。
「んじゃあさ、暇だし俺も行こっかなー」
 しかしそのタイミングで、食事を終えた悟が重ねた食器をシンクへ運んできた。これでこの男のことを無神経だと罵る輩がいるのだから、本当に驚きだ。手についた泡を洗い流して、私は彼に向き直る。
「なまえが起きたときに誰もいないと可哀想だろ」
「それもそうか」
 残った水滴を拭き取って、私はシンクをあとにした。



 三人それぞれが多忙ですれ違いも多いが、悟となまえと暮らす生活は学生時代とは違って、またかけがえのないものである。それでも孤独や不安はどこからともなく押し寄せてきて、独りを選んではならないと分かっていても、勝手に感じる疎外感を理由に私はなぜか自らそちらへと向かってしまう。
 着替えを終えて、クローゼットを閉めた。私の部屋は北西なので、朝にもかかわらず薄暗い。いつかその闇にのまれて自分を見失い、取り返しのつかないことが起こってしまうのではないかと、嫌な想像ばかりが脳内を巡る。気が晴れないまま私は部屋をノブを握った。

「——傑、悟。いってらっしゃい、気をつけてね」
 廊下へ出た瞬間、背中に優しい声が触れる。あまりにも突然で、私が創り出した幻聴かと思った。
「えっと、」
「なまえ起きたし、やっぱ俺も行くわ」
 そして彼女の声の方を振り向く間も与えてもらえない。今度は実物の、私よりもさらに大きな手が背中を叩いた。
「昼メシは餃子ね」
「食べたばかりで、もう昼の話かい」
「別にいいだろ」
 引き戻してくれる二人がいる。私はまだ大丈夫だ。そう思えた。
3人暮らし