「いいからちゃんと掴まってて下さい」
そう告げた俺は、荒い呼吸を繰り返すなまえさんの身体を支える腕に、さらに力を込めた。
:
三十分ほど前に計った際、体温計が示した温度は四十度五分。風呂の適温であって、常人のそれではない。
朝一で病院へ付き添った時には三十七度台後半で、検査をしても何の反応も出なかったが、同居人——つまり俺から感染の季節性インフルエンザで、ほぼ間違いないということだった。
食欲がないという彼女に無理矢理食事をさせ、薬を飲ませたのが十五分前。リビングのソファーで毛布に包まって、そのまま寝てしまうのを咎めたのが五分前。ぐだぐだと文句を垂れながらも、二階の寝室に向かおうとした彼女が、足元をふらつかせたのが一分前。
そして現在。俺は彼女の背中と膝の裏に腕を回し、身体を抱きかかえたまま上階へと続く階段をのぼっている。
「ねえ恵、君の細腕が心なしか震えてる気がするんだけど。無理しない方が良いんじゃない?落とす前に降ろしてよね」
「いや、案外大丈夫です。このまま胴上げくらい出来そうですよ」
熱に冒され、力の入らない彼女の正確な体重までは知らないが、どれだけ軽く見積もったところで、四十五キロはあるだろう。四十キロ相当の荷物を、いきなり持ち上げろと言われたら相当身構えるが、彼女は無機物ではなく人間だ。首に手を回し、うだうだ言いつつもきっちりと密着してくれたことで、腕への負担はそれほどない。段差を上がっているので、膝と腰への負担が倍掛かっているだけだ。
「最後の一段、踏み外したりしないでね」
「そんなに俺って、詰めが甘いと思われてるんですか」
覗き込むように顔を寄せると、とろんとした瞳で俺を見つめるなまえさんと目が合った。これはもう条件反射と言っても良いだろう。そのまま口づけを落とした。
「……カッコつかず落とせばいいのに」
彼女は赤い顔を、プイっと背けた。減らず口の女は体温が高いせいだと言い張るが、心臓の高鳴りをより近くに感じる今この瞬間に、嘘は通用しない。