私の狭いワンルームについては、何故勝手知ったるようで。先程から奥のキッチンで、ひとり何やらごそごそしていると思ってはいたが、どうやら彼は飲み物を用意していた様子である。
ひと仕事終えて、ニヤニヤと卑しい笑顔を貼りつけた五条が、こちらへやって来る。そして、こんなことを口走った。
「なまえさあ、もう他の女の子と会わないでって僕に言ったら良いのに」
やつの手には色違いのマグカップが、片手にひとつずつ。合わせてふたつ。香りから推測するに、中身はおそらくコーヒーではないだろうか。
自分の分だけでなかったところは賞賛に値するが、不愉快な言葉を浴びせられたばかりなので、私の虫の居所は悪いままである。歩きながらちゃぽちゃぽと揺れる熱湯が、五条の手に掛かって、うっかり軽い火傷くらいすれば良いのにと私は思った。
そんなにむくれた顔してないでさー。そう言いながら彼はマグカップを置いて、やけに近い位置で私の隣に腰掛ける。
「可愛い顔が台無しだよ」
「五条のストライクゾーンは、塁間の距離くらいあるって歌姫先輩が言ってたよ」
「僕にとってのストライクゾーンの中心はなまえだけだよ。この世で一番可愛いのはなまえだって思ってるから」
そんな胡散臭い台詞をはいた男は、一度テーブルに置いたカップのうちのひとつを手にとって中身を啜った。私のものと比べて、かなり白色に近く見えたが、ちょっと濃かったかななんて笑っている。ちなみに私は濃い目のものが好みだ。
まともに相手するのもアホらしくなってきたので、私も遠慮なく彼が用意してくれたマグカップに手を伸ばす。近くで感じるより芳ばしい香りは、インスタントの粉末ではなく、わざわざドリップの方で淹れてくれたのだろう。
有難くコップのふちに口付けて、それを味わおうとしたその瞬間、私は五条に手首を掴まれた。
「熱っ!」
その衝撃でマグは私の口もとから離れたものの、高温である茶色い液体の一部が、手の甲に飛び散った。咄嗟に二次災害のことが頭によぎり、痛みを堪えて取っ手を離さなかった自分を褒めてほしい。
一方手首を握った大きな手はすでに離されており、私の手の甲はひりひりとした痛みを伴いながら、そこを中心に赤くなり始めている。
それでも平気な顔をして横に座り続ける男を睨みつけてやると、今度は私の顔に手を伸ばす。
このまま頬に手を添えて唇を重ねるのかと思うと、触れられたくないと思った。同じことをする女が他にどれだけいるのかは知りたくもないが、もうなんというか私も限界だ。
後ろに身を引こうとするも、彼はそれを許してくれない。やめてと金切り声をあげる寸前だった。五条は目の淵に溜まった私の涙を指先で拭い去った。
「素直に泣いてくれれば良いのに」
彼はどうしてこんなやり方しか知らないのだろう。