二日前の夕方、呪術高専宛てに以前狗巻くんとパンダくんが任務で行った静岡県の漁港から、御礼の品が届いた。
 僕らは勝手に海鮮の詰め合わせを期待して箱を開けたのだが、ダンボールの中身はなんと大量の焼き海苔で(今思えばそもそもクール便じゃなかった。)材料を揃えて、予定が合った今日の夜に、みんなで手巻き寿司をする事になった。

「大っきい車出してくれるってー」
「しゃけ」
 間延びした台詞とともに真希さんが教室の扉を開けて、狗巻くんもそれに続く。二人は本日担当の補助監督さんのところへ、送迎車の交渉に行ってくれていたのだ。
 普段は五人乗りの黒のセダンで送迎してもらう事がほとんどであるが(あの車種ばかりだが高専のスポンサーなのか?)今日は任務と一緒に街で手巻き寿司の食材調達をしたいので、本来二人と一匹のところを、四人と一匹乗せてもらいたいと伝えてくれた。
 快諾してもらったが、もちろん任務地への経路内でという条件付きである。
「賄賂の焼き海苔も渡してくれたか?」
「ああ、結構反応良かったぞ」
「それは良かった」
 そう言って、パンダくんは黒い毛の中のつぶらな瞳を細くした。呪骸って無生物のはずなのに、何回見ても不思議だなあ。
「じゃあ当初の通り、私と棘とパンダが任務で、その間に憂太となまえが買い出しな」
「オッス!」
「明太子!」
 今回苗字さんは、五条先生の帯同なく任務地へ赴いてしまう事になる。しかしそこで降りるだけであって、僕たち二人はその足で近くの大型スーパーへ向かうことが本日の目的だ。
 決して帳の中へは入らない。だから、苗字さんの家との規約も守られていると考えて良いだろう。それに彼女も、同級生との街への買い物まで禁止されている訳ではないはずだ。
「よろしくね」
「こちらこそ」
 僕が苗字さんの方を振り向くと、彼女は笑顔で返事をかえしてくれた。



 真希さんは任務用に薙刀と屠坐魔を準備していたが、僕は買い物用に保冷剤の入ったクーラーボックスと大きめのエコバッグを用意した。真希さんは断然任務に行きたがったが、僕は買い物の方に割り振られて、正直今日はかなり気が楽であった。
 このように真逆のような僕らだが、昨日の手巻き寿司のネタの出し合いの時には、わりと好みが近しい事がわかった。ちなみに真希さんの願望がつまった買い物リストは、苗字さんが持っている。今回財布を握るのも彼女の役目である。
「じゃ、行くか」
 寮の共有スペースに全員揃ったところで、時間より少し早めだが、補助監督の待つ駐車場へと向かうことにした。

「ツナツナ」
「マヨネーズはちゃんど残量確認してきたから大丈夫だよ」
「ツナマヨ!」
 前を歩く狗巻くんと苗字さんは、この数ヶ月で随分と会話が成り立つようになった。初めの頃は互いに戸惑いも多かったが、温和で気遣い上手な二人は、やはり感性も似ているのか、最近では親し気に話す場面をよく見かける。
 恋愛とかはあまりよく分からないけれど、類は友を呼ぶと言ったように、こういう風に惹かれ合う男女もきっと世の中にはたくさんいるのだろうと思った。僕の個人的な意見だが、そのくらい二人は似合っていた。
「食感なのかなあ」
「しゃけしゃけ」
「やっぱりそう思う?私も結構——、さとる先生」
 苗字さんの口から脈絡なく続けられた固有名詞に、僕も思わず視線を上げる。すると、ちょうど建物の角を曲がってきた五条先生と鉢合わせた。
「お疲れー!」
 目元に白い包帯をぐるぐると巻いた変わり者の先生は、いつだって疲れを感じさせないような軽快な挨拶を僕達に贈る。
「任務だってね。気をつけるんだよ」
「高菜!」
 先頭を歩いていた狗巻くんの肩を五条先生がぽんぽんと叩いた。嫌悪はないが、相変わらずスキンシップの多い大人である。
 そして流れなのか、その隣の苗字さんにも指先を伸ばしかけたが、先生はなぜかその手を止め、演技がかった風に大きく僕らを見回した。
「行くのは三人じゃなかったっけ?」
 あごに指をかけ、五条先生は僕らに問う。怒っている訳ではないが、ほんの少しだけ空気が冷たくなった気がした。
「任務は二人と一匹だけど、買い物があるからついでに乗っけてもらうんだよ」
 唯一歩みを止めなかった真希さんが、その問いに答えてその場全員を追い越していく。

「じゃあなまえはこっちだね」
「はあ!?」
「誰でもいいから生徒一人に、手伝ってもらいたい仕事があるんだよ。コレは行けなくなったなまえのお土産代」
「うわわわ、先生!?」
 五条先生は近くにいた僕に万札数枚を握らせたかと思えば、流れるような動作で苗字さんの細い手首を掴んだ。
 そして苗字さんは、こちらを振り返ることも出来ないまま、先生の大きな手に折れそうな細腕を引きずられるようにして、みるみるうちに遠くへと連れていかれてしまった。
「あっ……、」
「やめとけ、憂太」
 買い物リストもお金も彼女が全て持っているのだ。しかしあとを追おうとした僕を、パンダくんが引きとめる。
「ったく、どこのどいつか漏らしたんだか」
「おかかー」
「僕じゃないよっ!」
「分かってるよ」
 真希さんは、呆れたように大きな溜め息をついた。



 送迎車に乗って少し経った頃、苗字さんから僕のところに買い物リストの写真が送られてきた。そこには謝罪の言葉と、必ず間に合わせるので自分の分も買い出しを頼むという文面が添えられていた。
 それをみんなに見せると「悟のおかげで資金も増えたし、予定より豪勢にしよう」と真希さんが言った。男性陣もそれに同調する。

 僕たちが寮へ帰ると、寮の入口から出汁のとても良い香りが広がっていた。なんと苗字さんが、食堂を借りてお米を炊いたりお吸い物を作ったりと、可能な範囲で一人準備を進めてくれていたのだ。僕たちも慌ててそれに加わる。
「先生の手伝いってなんだったの?」
 刺身を切る僕のとなりで卵を焼く苗字さんに尋ねてみた。
 ちなみにパンダくんは畜生だからと、真希さんから調理に携わるなと言われている。
「簡単な書類仕事だったよ」
 そう答えた苗字さんの横顔は、ガスコンロの前にいるせいか、少し赤らんでいた。
Flower moon