現実と夢の間を彷徨う、まさに微睡みの最中で胸元に擦り寄ってきた頭は、私を目覚めさせる理由には充分だった。愛しい人を想い、私はそれを引き寄せる。
 しかし、その頭は思い描いていたものよりも幾分か小さく、髪の手触りも慣れ親しんだ長い黒髪のものではない。違和感は無視できるものではなくなり、思わず私は目を開ける。
「……」
 私の腕のなかにいたのは、悟が連れてきた小学生の少年だった。禪院——じゃなくて伏黒。そう、確か名前は伏黒恵。どこで見つけてきたのか、あの男の実の息子だ。
 かつて共に眠った恋人の傑は、離反して今はもうどこにいるのか分からない。
 そもそも私はとある日より、五条家の一角にある悟の私室だというこの部屋から、出してもらえなくなったのだった。
「……んー、」
「(ごめんね)」
 私が起き上がった事により、奪ってしまった毛布を、少年の肩まで掛け直す。私に子どもはいないけれど、昔自分がしてもらったようにトントンと背中を叩くと、寄っていた眉間の皺は緩み、彼は再び規則的な寝息をたて始めた。
 起きているときは、何が気に入らないのかムスッとしていたが、今は年相応の可愛らしい寝顔である。
 なるべく振動が伝わらないように、私はベッドから腰を降ろして、電話の子機を片手に嫌でも慣れ親しんだ番号を押した。
 この部屋にはお手洗いがないので、その都度五条家の使用人を呼んで、帳を解いてもらってから廊下の先のトイレへ向かう。食事は運んでくれるが、風呂も同様だ。
 おかしいのは私か、あるいは悟か。
 客観的な判断を仰ごうにも、ここに私の添い寝にやってくる人物は、みんな悟の息がかかった人間ばかりで。硝子ですら、私を一人で眠らせられないと言った。
 この世界では、傑を想って枕を濡らすことが、そんなにも罪深いことなのだろうか。



「オマエ、傑と付き合いだしたんだって」
「うん、そうだよ」
 私の前を歩いていた悟は突然立ち止まり、こちらを振り返ってそう言った。夕日が背景だったので、逆光で悟の表情はわからなかったけれど、声色は穏やかだった。
「……別れんなよ。気まずいから」
「傑に愛想尽かされないよう、努力するよ」
「それ、傑も一緒のこと言ってたんだけど、擦り合わせでもしてんの」
「まさか」
 少し距離は空いていたけれど、私達は笑い合った。悟との過去の記憶である。
 それでも起きたとき、癖になっているのか目尻に指を触れると、今日も涙が流れた跡があった。覚えていないが、きっとそれまでに傑の夢もみたのだろう。
 今夜となりで眠るようあてがわれた、悟の親戚筋の少女を起こさないように、ゆっくりと仰向けになって、私は再び目を閉じる。
 この数時間前にも、私は目を覚ましている。一度起きてしまうと、そのあとは浅い眠りになって必ず夢をみるのだ。
 そして最初の眠りのときよりも魘されることが多くなって、私は声を出して泣いていたり、叫び出したこともあった。さらに夢の中だけでなく、眠っているはずの身体も「傑」と彼の名だけはハッキリと口にしている。
 そんなときに悪夢から私を起こすよう命じられているのが、悟によって送り込まれた子ども達である。
 最初の頃は成人女性がやって来る事もあったが、いつのまにか小学生くらいの子どもばかりになっていた。下手に話のわかる大人より、事情を察していない子どもの方が、私も気を遣わなくて済むので有難い。
 帳がおりているので、この部屋に直接朝日が差しこむことはない。決められた時刻になると、朝食を運ぶ使用人がやって来る。それまでが、この子達と私の時間だ。



 まぶたの裏側で、障子窓が曙色に染まりつつあるのがわかった。普段は感じない眩しさに身動ぐと、そのまま身体ごと腕のなかに閉じ込められた。
 少し隙間が出来ただけでも、すぐに私を引き戻す。そして厚い胸板にギュッと押しつける。恋人同士になってから、図体のわりに案外さみしがりな男の人なのだと知った。
「……苦しいよ、傑」
 口に出してから後悔した。毎回忘れているが、ここは五条家の屋敷の中である。それに私は、もうずっと彼とは会っていない。
 背中に回った腕に、さらに力が込められたので、私は大人しくそれに従う。このように目を覚ましたときに帳が上がっていて、一緒に布団に入ったはずの子どもが、起きたら悟になっていることが何度かあった。
「好きだよ、なまえ」
 密着しているので、その言葉は彼の胸板からダイレクトに私に響いた。悟は傑よりも体温が高いのか、私の頬も熱を持ちだす。これに応えてあげられたら、きっと私はこの部屋から出してもらえるのだろう。
 けれど、私は返事をしなかった。目を閉じて出来る限り規則正しい呼吸を装った。
 それがどれだけ続いたのだろう。そうしているうちに、再び睡魔が私を襲う。一度覚醒しても常に浅い眠りのせいか、夜だけでなく日中もすぐに眠気が来るようになった。
 それも私の望み通りである。私は夢の中でしか傑に逢えないのだから、なるべく長い時間眠っていたいのだ。最近では一日の半分以上、寝て過ごしている。
夢で逢えたら