あっ離れた、と僕が言葉にしなかったのは、今が夜明け前の時間帯であり、隣で眠るなまえが変わらずスースーと寝息を立てて眠り続けているからで。寝返りをうったところで凪いだままの呪力を見ると、目を覚ます時間にはまだまだ遠く、彼女が安心して夢の中にいるのだということが窺える。
 凝り固まった筋肉をほぐすように、自分も敢えてなまえに背を向けるようにして横になった。共有する大判のタオルケットを引っ張ってしまったが、蒸し暑い夜にはほとんど役目を果たしていなかったため、とりわけ少女の身体を気遣う必要もないだろう。
 こんなにも夜が長いのは、今宵僕が彼女を抱けなかったからだ。



「私、その、生理で」
 キスに持ち込もうと腕を伸ばした途端に、なまえは僕にそう告げた。
 正直気が削がれたどころの心情ではなく、そのためにわざわざ高専へ帰ってきたと言っても過言ではなかったため、マジで落胆した。
 人命を天秤にかけるつもりはないが、実際のところ東京を経由しなければ、六時間近く短縮になったのではないだろうか。まあ時間の事を言ったところで、結局その分の休暇を僕が取れる訳でもなく、効率を優先した仕事のスケジュールが組まれるだけなので、なまえに当たるのはお門違いだ。
 しかし次回までお預けとなると、この燻った熱の矛先はどこになるのだろう。昔みたいに出張先での火遊びは出来ない。わざわざこんな幼い女に婚約者という肩書をつけたのは、互いを互いで縛るためだ。
 うつむき加減になった彼女の顔を下から覗き込むと、驚いたのかただでさえ大きな目がさらに見開かれた。
 そのまま首根っこに手を回して唇を合わせると、学習能力の高い少女は条件反射のように目を閉じて、口元をゆるめる。そうなれば舌を絡めるのは必須だ。
 この部屋の昼間の残暑を、僕はベッドシーツに籠る熱で知った。日が暮れようと、生ぬるさが残る雪崩れ込んだ先で、僕はなまえの口の中を犯し続ける。時折漏れだす声は、情事中のものと大差ない。とんだ蛇の生殺しである。
 だから彼女を押し倒してからは、今夜はここまでだと僕は自分に言い聞かせていた。このままここで眠るのだと、暗示をかける。
 けれどなまえとのキスに歯止めをかけたそのときにはもう、僕の口は理性を飛び越えて、彼女に口淫を命じていた。

 いつもの辿々しさから始まった行為は、途中分岐を曲がり初めてのルートに入ったのだが、お世辞にもオーラルセックスと言えるほどの性行為ではなかった。
 なまえは小さい口で一生懸命僕のモノを咥えるものの、歯が当たらないようにする事に必至で、舌を絡めたりだとか喉の奥まで滑らせたりだとか、そこまでの段階に至らない。
 最後まで口は離さなかったものの、刺激が足りず、ほとんど自分で扱いて射精する羽目になった。オカズを置いてオナった方が、よっぽど早く出せた気がする。
「吸い出して」
 僕がそう言うと、咥えたままのなまえは口を窄めて、言われたままを体現した。先端にキュッと力が加わり、再び熱を取り戻してしまいそうになる。全部下手くそだったが、コレだけは及第点をあげても良いだろう。
「歯磨きしておいで」
 半泣きの顔が、精液を全く飲み込めていないのは目に見えていたので、彼女を洗面所へやり自分は後処理を行う。賢者タイムというほど清々しくなかったが、一発出したところでこれ以上の行為は望めないと諦めがついた。
 戻ってきた少女に手を伸ばすと、少し足を早めてすぽんと胸のなかへ収まるので、これはこれで可愛らしい。頭頂部から後頭部にかけて何度か手を滑らせると、もっとしてと言うように頬を擦り付けてくるので、ベッドへと倒れ込み彼女を僕の上に乗せたまま同じことを繰り返した。
 どれくらいの時間、そうしていたのだろう。なまえと過ごしていると、時間の感覚が時々分からなくなる。
「ありがとね」
「……上手に出来なくてごめんなさい」
「いきなり上手にしゃぶられたら、それはそれで気分が乗らなかっただろうからいーよ」
「私、さとるさんしか知らないですよ」
「うん、知ってる」
 僕の呼吸に合わせて、胸元にいる彼女も上下していた。



 そういう訳で、思っていた時間よりも一時間以上早く布団にはいったので、目が覚めるのも必然的に前倒しになる。そもそも発展途上の未熟ななまえと、完成された大人の僕が必要とする睡眠時間には、大きな開きがある。
「ん」
 再び寝返り打った彼女が声を上げた。距離が近付いたため、僕も身体を向き直す。
 さすがに冷えたのか、ずいぶんと窮屈な寝相になっていたので、シワが寄って腹部にのみ掛けられていたタオルケットを広げてやった。
 こういう親切めいた事をすると、僕がなまえに世話を焼いてどうするという思いになる。尽くすために与えられた女に、己が尽くして悦を得ているのだからこれほど滑稽なものはないだろう。
 まぶたを伏せていても、ある程度のものは見えているが、表情までを繊細に読み取れる訳でない。僕は次の出張に向けて、穏やかな寝顔をこの目にしかと焼きつけるのであった。
Sturgeon moon