「この指だけ不自然に細くなっちゃったね」
 私を自身の膝の間に座らせた五条悟は、わざわざ後ろから抱きしめるようにして、左手薬指に触れた。オモチャであるそれをスリスリと撫でながら、五号くらい?と呟いている。
 呪いのことなど端から頭にないないようで、自分以外の男がこれを私の左手薬指に嵌めたということが一番気に食わないと、以前五条悟は口にしていた。けれどその割には、正式な婚約者となった彼が、この指輪を外してくれる気配を感じられない。
「いつになったら、壊してくれますか」
「そのうちねー」
 直哉ではなく彼を選んでから一ヶ月ほどが経過した。これがはじめての質問という訳でもなく、私がそう問うと、毎回のようにこの男は答えを逸らかす。
 彼を選んだとき、私はようやくこの忌々しい指輪からも解放されると安心したのに、未だにそれは叶っていない。彼も忌み嫌っているはずなのに、理由は分からないままだ。
「それよりさ、僕ら一週間ぶりの再会なんだからちゅーしよ」
 明け透けな言葉と耳のそばで掛かる息がくすぐったくて肩をすぼめると、彼は私を周囲のものから覆い隠すように、さらに強く自身の中心へと抱き寄せた。広い胸板は直哉と違い、とても温かく心地が良い。
 共に過ごす場所がどこであれ、彼は私に触れることに、ひとつの躊躇いもなかった。

 桜吹雪が舞ったあの日。一直線で私の実家へ赴いた五条悟は、結婚の挨拶と銘打って両親に今後の話をしてくれた。
 と言ってもそれは一方的な宣言に近く、父が所有する土地と建物の権利譲渡を条件に、屋敷も人もそのままに、全員の敷地内での安全を保障するというものだった。
 直哉を選ばなかったこと以上に、私が五条悟の手をとってしまった事の方が、由緒正しき禪院家にとって前代未聞の大問題であった。同じ御三家でさらに敵対する五条家に、末端とはいえ禪院家から娘を嫁がせるのだ。術式漏出の可能性も含め、我が家は一族の裏切り者もいいところである。
 けれど諸々の手続きが終わった今、法律上も私の実家は五条悟の所有物になったわけで。仮にこちら側の親族であろうと、禪院と関係を持つ者は五条家の敷地であるこの場所に、勝手な侵入は絶対に赦されない。彼の権力と強い結界術があってこそなせる技であり、そのおかげで私達家族も使用人も、誰一人欠けることなく日々を送っている。
「僕、家を空けることの方が多いからさ。さみしい思いをさせないように、いずれはなまえも一緒に連れて行ってあげる」
 半日もない時間で一番の心配事項をなんなくクリアしてしまった五条悟は、私の頭をひと撫ですると、その足で仕事へと発ってしまった。日本で唯一活動する特級術師に、丸一日の休暇は無いらしい。
 私や直哉とひとつしか年が変わらなくて、今年十九歳になる彼の背中はとても広かった。



 私を抱きしめていた腕の力が緩んで、背中を預けていた身体を半転するよう、五条悟から促される。そう出来ないようにしたのは彼なのに、次の時には反対のことを言うのだから本当に勝手な人だ。
 渋々とそれに従うと、そのまま身体を持ち上げられて、私は彼の膝の上で正座する格好となった。意図せぬ形で鼻のてっぺんがぶつかりそうなほど、男の顔が間近に迫る。
「足、重くないですか、痛くないですか」
「平気だから早くして」
 不安定なはずの場所が安定しているのは、現代最強の術師ゆえ、鍛えられた身体のおかげだろうか。
 多忙なわりにすべすべな頬っぺたを両手ではさむと、私から唇を重ねるより先に顔が近付き、ちゅっと音を立ててキスをされた。そして啄むようなくちづけを続けながら、背中に回った彼の手によって着物の帯が緩められていくのがわかった。

 五条悟とはじめて身体を交わらせたのは、一週間前のことである。彼に呼ばれて、過剰なほどの護衛を付けられて、私は呪術高専の東京校までやって来た。
 時を同じくして、遠征先から戻ってきた彼に部屋まで案内されたところ、なだれるようにベッドへ倒れ込み、そのまま抱かれた。
「そっか、初めてじゃないんだ」
 熱い口づけを交わし、身体を触りながら全部の衣類を取っ払われたときに、彼は言った。私は直哉しか知らないので手馴れているつもりはなかったが、いつ何時にどうすればよいのかというのは、彼によって躾けられていた。
「……はい」
 不快にさせた実感はあるのもも、不貞行為を働いた訳ではない私が、ここで五条悟にわざわざ謝るのもおかしな話なので、肯定だけはした。
「じゃあ一気に二本くらいいけるかな?」
「あっ、」
 指を入れられたことで、キスと胸への愛撫だけで、十分過ぎるほど濡れてしまっていることが露見する。ニヤリと口角を上げた五条悟から、私は視線を逸らす。
「見かけによらず、えっちな子なんだね」
「んぅ……、人並みだと、思いますけど」
 そんな会話をしたあとだったけれど、五条悟はゆっくり時間をかけて、私に彼を受け入れる準備を整えてくれた。
 それに彼は避妊具もきちんと装着してくれた。直哉がどうだったという訳ではなく、入籍はまだだが婚約した時点でおざなりにされる気がしていたので、なんだか意外だった。
「痛い?」
「ん、少しだけ。……でも、動いてもらっても……多分大丈夫」
 最初は異物感が拭えなかったのに、ちゃんと気持ちよくなるのだから、我ながら薄情な女だと思った。
 時間を限られていたことが余計に余韻を引きずらせ、また次があるのだと予見させられるような行為だった。

「なまえの実家って広いけど、壁が薄そう」
「造りが古いですからね」
「さっきの声も聞かれてたりしてね」
 ぐったりとして動けないままでいる私に、襦袢だけを着せながら五条悟は言った。全部が終わったあとに、そんな台詞を口にするのだから、彼はやっぱり意地悪な人なのだと思う。
「このまま寝るんだったら、髪の毛全部外しちゃうよ」
「……指輪も外してほしいです」
「はいはい、またね」
 私が知る以上に何でも出来る人なのに、どうしてこれだけは叶えてくれないのだろうか。将来夫となるこの男の考えが、私には分からないままだ。
 彼に抱かれたあとなのに、今夜も別の男にはめられた左手薬指の指輪が、私を締めつけたまま離さない。
#05