備え付けのキッチンには、白のフリフリのエプロンと紺色の無地のエプロンが、それぞれ一着ずつ用意されていた。
 どちらがどちらを使用しろという指定がなければ、年上とか年下とか、男とか女とか関係なく。それはもちろん早い者勝ちということで。
 私は迷いなく紺色を選び取りたかったのだけれども、今どきの男子高校生は、遠慮も忖度もなかった。

「じゃあなまえさん、始めよっか」
「お願いします!」
「まずはみじん切りにしたニンニクから」
「はい」
「ショウガ、ひき肉も続けて——あ、ちょっと火強すぎかも。ニンニク焦げると苦いからさ」
「これくらい?」
「んー弱いかな。肉に火通るのに時間掛かっちゃう。それより手動かして」
「はい、すみません」
 どうしてアラサーの人生経験豊富な私が、一回り以上年下の男子高校生から、料理を教わらなければならないのだろうか。趣味じゃないフリルつきのエプロンを身につけた時点から、テンションはだだ下がりである。
 全ては私と虎杖をこんな暗い地下室に閉じ込めた、五条が悪い。

 一日前の出来事だ。世間的には死んだことになっている虎杖と、五条の圧力で任務に出られなくなった私は、ひとまとめに地下室へ閉じ込められることになった。
 そして自己紹介も済んでいないうちから、太陽の光が当たらないこの場所で気が狂ってしまわないよう、互いが互いを見張っとけと、私達を管理下に置く五条から言いつけられた次第で。最初はなんの冗談かと思ったが、彼は至って本気だった。
「時間はたっぷりあるからさ。なまえは悠仁に呪術の基礎について、悠仁はなまえに料理の基本を、それぞれ教えてあげてね」
 そんな五条の置き土産であるひと言から、このお料理教室は始まった。

「豆腐、崩れた」
「煮立たせるくらいでいいのに、強く混ぜるから」
「もう片栗粉の水もいれていい?」
「それは盛りつける直前でいいよ。それより一旦火切って次のおかずしよ」
「えー気力ない。麻婆丼にしてご飯大盛りで食べようよ」
「せめてもう一品作ろ」
「むぅー」
 すでに野菜室に腕を突っ込んで野菜を選別している虎杖は、わざわざネットなんかでレシピを調べなくても、頭の中におかずのレパートリーをいくつか持っているらしい。
「卵とトマトの中華風炒めものくらいなら今のなまえさんでも」というつぶやきもしっかり聞こえている。

「五条先生、出張ばっかで家庭の味に飢えてるって言ってたよ」
「外で良いものばっか食べてるくせに、よく言うよ」
 真っ赤に熟れたトマトを、私は虎杖から受け取る。二品目は、先ほど彼が口走った副菜で決まりのようだ。それにしてもこのトマト、とてもみずみずしい。この鮮度で普段の私なら、丸かじり案件である。
「でもさ、きっと愛情がこもったお嫁さんのご飯は、また別格なんだよ。頑張って色々作れるようになっとこ!」
 冷蔵庫から顔を上げた虎杖は、ニカッと年相応の笑みを私に向けて言った。
 そう、来月私は五条の奥さんになるのだ。
キッチン