目の前に置かれたクリームソーダのグラスから、雫が一本筋となって滴り落ちる。周囲のざわざわと響く話し声に対して、それ自体は無音のはずなのに本の読み過ぎか、つぅーっという効果音が私の耳には聞こえた。
 下に敷かれた紙のコースターは、未だ抵抗をしめすようにその水滴を弾き続けている。しかしどんな加工を施そうと、いずれは決壊し一箇所から全てを塗り替えるように染み込んでいくのだろう。そう、今の私のように。

「結婚しよ、なまえ」

 全国展開の珈琲チェーン店で、私は正面に腰掛けた男から婚姻の約束を強いられている。
 しかしこれは誰もが憧れる、一生に一度の特別なイベントとは程遠い。朝食を食べる頻度と等しく、昨日までで断り続けること三〇八回。本人によると、私が眠って意識のない時にも愛を囁き続けているらしいので、実際はそれ以上なのだろう。五条悟は私に結婚を迫り続けている。
 室温に耐えられず、カラリと音を立て氷が崩れた。黄味がかったバニラアイスと、水色のソーダ水が混ざりあう。私は溶け合ったそれよりも、氷に面したバニラアイスがシャリシャリとなる食感が好きだった。

「いいよ」
「は?」

 呆気にとられた表情をする悟のずり落ちたサングラスから、宝石のような青い瞳が現れる。ふさふさの白いまつ毛が乗ったそれは、眼前のクリームソーダと同じような色合いをしていた。
「見えてないの?」
「なにが?」
 首を傾げる悟にも見えるように、私は自分の胎に手をやる。思い当たる節があるからこそ、サングラスを取っ払った彼は、机から身を乗り出し私のそこをじっと見つめた。
「……ここじゃない静かなところで、ちゃんと話そう」
 席を立った悟は私の手首をつかみ、さっさと店をあとにした。結局注文したクリームソーダに、私はほとんど口をつけることが出来なかった。



 ゆっくりと時間を掛けて挿入されるそれは、どんな場面よりも私を焦ったい気持ちにさせる。自ら迎え入れようと腰を揺らすと、わざと腰を引いてしまうのだから、本当に悟は意地が悪い。
「お願い、はやくいれて」
「愛しい恋人に、そんな扇状的なこと言われたら、僕それだけで出ちゃいそうなんだけど」
「やだあ」
「!……っはあ」
 行儀が悪いのも承知で、私はすでに開脚した足先を使い、巻きつくようにして彼を自分の方へと寄せた。その途中でカリ部分が良いところを擦り、無意識的に悟のモノをキュッと締めつける。
「どこでそんなこと覚えたの」と彼は苦笑した。
 けれど悟が逃げ場を失ったのをいいことに、私は再び腰を揺すり、抱き合う男をより深く自身のなかへ招きいれる。
「ねえ悟、もっとして」
「えらく積極的だね。今日はなまえがリードしてよ」
「ふあっ、あんっ、やっ」
 そのまま腕を引っ張られて抱き起こされると、自重で一番奥まで押し上げられた。ピクピクと身体を痙攣させる私に合わせて、今度は無遠慮に彼が腰を振った。
 こんな日だったからこそ、判断力が鈍っていたのだろう。
「……っ、なんかゴムずれたかも」
「いや!今抜かないでっ!」
 熱に浮かされた頭で、そんなことを言いながら私は悟にしがみついた。それでも彼は無理矢理私の身体を引き剥がそうとしたものだから、私だけ半端に燻ってしまったのだ。
「もうゴムないよ。つーか泣くなよ」
「ぐすっ、ヒクッ、……いいから、してほしい」
「生で挿れてもいいってこと」
「ん」
 私の言葉に煽られたのか、悟はそのあと躊躇いなく膣内で射精した。私も私で強請るようにしたのだから、等しく責任はある。



「いつ入籍する?」
 まるでお姫様のように私室のベッドへ私を降ろした悟は、まだなんの膨らみもない場所に顔を寄せた。そしてとても慈しみを込めた表情で、服の上から口づけを落とす。
 こんな風にしてくれる優しい彼の頭を撫でながら、私は息を吐いた。
「話し合うことは、それだけじゃないと思うけど」
 私は堕ろすことを言っている訳ではなく。授かり胎のなかにいる子は、間違いなく現代最強の術師である五条悟の子だ。未だに正室や正妻と言っている世界で、なんの取り柄もない私が彼のとなりにおさまっても良いのだろうか。私が世界で一番愛している悟の求婚を拒み続ける理由は、そこにあった。
「それ以外なくない?なまえも子どもも一生をかけて僕が守るよ」
 ベッドに乗り上げた悟は先程と同じ表情のまま、私の額にもキスを落とした。
クリームソーダ